ぶくぶくぶくぶく。

 お風呂の中で私は顔を湯船に浸して息を吐く。

「……彩音」

 湯船から顔を上げた私は大好きな相手の名前を呼ぶ。

 視線の先にはもちろん彩音なんかいない。

 だけど私は、膝を曲げて浴槽の半分開けてお風呂に入っていた。

「…………」

 その誰もいないスペースを見ると自分の馬鹿さ加減に呆れてしまう。

 彩音が家に泊まってるというだけでこうしてしまうのだ。いつでも彩音が入ってこれるように。

 少し前までは別々に入るつもりでも、急に彩音が入ったりしてきてたから彩音が泊まってるときはこうするのが癖になってた。

 だけど、一緒のベッドで寝なくなったのと同じようにお風呂もやめにしていた。

「はぁ……」

 ため息をついて私は脚を伸ばした。

「まったく、なにしてるのよ。私は」

 普通逆なんじゃないの? 好きなんだから、ずっと一緒にいたいと思うし、一緒に宿題やりたいし、一緒にお風呂だって入りたくなるし、一緒に寝たくなる。

 それが普通なんじゃないの?

 好きになったのに、一緒に宿題が出来なくなって、お風呂に入らなくなって、一緒に寝なくなって……まるで嫌いになったみたいじゃないの。

(……もし、彩音にそんな風に思われたら……)

 私が彩音のこと嫌いになっただなんて思われたら……

「…………はぁ〜」

 いくらなんでもそんなことがあるわけはないわよね。

 こうして、泊まってきたりするんだから。私が彩音を嫌いだなんて思っているように彩音が思ってたらそんなことは言わないはずだもの。

「ふぅ……」

 私はまたいつのまにか抱えてた脚を伸ばすとため息をついた。

(けど、彩音なんで急に泊まるなんて言い出したのかしら?)

 もちろん、今日みたいに帰る直前になって泊まるって言い出したことはあったけど、それは一緒に見たいテレビがあるとか、次の日一緒に出かける用事があるとか、理由があることが多かったのに。

 今日は何にも用事がなくて泊まるなんていってきた。泊まるって言ってからの彩音に何か変わったことがあるわけじゃないけどやっぱり気にしちゃう。

「ふぅ……にしても、こんなんじゃもたないわよ……」

 いちいち彩音にどう思われるとか、彩音がどういうつもりなのかとか全部考えちゃう。

 けど、告白するほどの勇気があるわけじゃなくてこうしてただ考えるだけ。答えなんて出るわけないのに。

「はぁーあ」

 今度は無意識じゃなく脚を抱えた私は浴槽の縁に頭を傾ける。

「いっそ、言っちゃったほうが楽なのかしら?」

 駄目になってもこうしてうじうじと悩んでいるより楽な気がする。なんせこのままいたら悩み続けるだけになるんだから。それから解放するには結局私から気持ちを伝えるしかない。……まぁ、彩音が言ってきてくれれば、嬉しい上に楽なこと極まりないけど。

 仮に彩音が私を、私が彩音に思う好きと同じ風に好きでいてくれるとして、私だってこうして悩んでいる以上彩音から言ってくる可能性は高いとは思えないし。

(……なら、いっそ)

「けど……」

 心で決意を固めるのに一瞬でそれが溶ける。

「はぁ……」

 何度も何度も私はお風呂の中で自問を繰り返して、結局答えがでないままに私はのぼせてしまうのだった。

 

 

「ぅ、…う、ん……」

 頭が重い。脳に重りでもついたように、何を考えるのも億劫で私はベッドに横になりながら頭動揺にのぼせた体を冷ましていた。

「ったく、なにしてんのみーちゃんは」

 私よりも先にお風呂に入っていた彩音は体をゆだたせてやってきた私をうちわでパタパタと扇いでくれていた。

「…う、っさい」

 私はみーちゃんと呼ばれたことに反論すると潤んでいる瞳を動かして呆れたようにベッドに上がって私を看病する彩音を見つめた。

(あんたのせいだ、っての……)

 そう口にしたいけど、鈍った頭でもそれをいうべきじゃないことくらいわかる。

「つか、のぼせるまでお風呂なんかで何してたの?」

「……別に、何でもないわよ」

「何でもないなら話してくれていいじゃん」

「……彩音に話すことじゃない、の。ふぅ」

「ふーん」

 彩音はどこか面白くなさそうにしながらもパタパタと私をあおぐのはやめないでくれた。

(……そんな、顔しないでよ……)

 私のせいで彩音の表情が暗くなるなんてこれほど辛いことはないんだから。

 けど、そんなことを素直に言えるわけもない私はもやがかかったような頭のままいつしか眠りに落ちていくのだった。

 

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