人気のない校舎裏。

 初秋の涼しくなってきた風がまだ青々とした木々を揺らす。

「あ、あの……」

 目の前には一人の女の子。

 二つ下ということと実際に小柄な体格のせいもあって大分子供に見える。

「その…………」

 その女の子は頬を赤らめ、もじもじとした様子を見せながらも私を見つめてはとぎれとぎれに言葉を繋ぐ。

 そのただならぬ雰囲気に普通なら心構えをするところなのかもしれないけど、私は冷静にこの少女の言葉を待つ。

(……っていうのも悪いわね)

 この子は真剣なんだから。

 ただ、どれだけの想いを向けられようとも私の答えは決まっている。それだけは絶対に変わることはない。

「す、好きです。美咲先輩!」

 少女の告白。

 小さな体に抱えきれなかった大きな想い。

 それを向けられて嬉しくないだなんて言わない。

 けれど、

「ありがとう」

 まずは笑顔でそう伝える。例え答えが決まっていたとしても、勇気を出して想いを伝えてくれたことが嬉しいのは本当だから。

「でも、ごめんなさい。貴女の気持ちには応えられない。大切にしたい人がいるから」

 誰からの告白だとしても永久に変わらない答え。

 多分、この子も、ううん私にこう言ってくれる子のほとんどが予想している答え。

「……知ってます。水梨先輩、ですよね」

 この子もわかっていたようで私は「えぇ」と小さく頷く。

「えへへ……そう、ですよね。二人ともお似合いですもん……」

 声が震えながらも、精いっぱいに笑顔を作る少女。けれど、泣きそうなくらいに心が揺れているのは一目瞭然。

(慣れないわね)

 告白をされること自体はあっても、この瞬間にはなれることはない。

「…………」

 悲しませているということに罪悪感を持ちはするけど、私はこの子に何もできない。

 優しく慰めることも、逆に冷たく突き放すことも私にはできない。してはいけない。

 基本的には相手が失意に暮れて去っていくのを待つだけ。

 早ければ一分と経たず、遅ければ十分以上私はその居心地の悪い時間を過ごすのだけど、

「あの……一つだけ、いいですか?」

 この少女はこれまでにない反応を見せてきた。

「? 何?」

「……美咲先輩があの人を好きだって知ってます。入り込めないって、わかってます。けど……納得、したいんです」

「納得?」

「……はい。美咲先輩は、あの人のどこが好きなんですか?」

 少女のその言葉が私に思わぬことを考えさせるきっかけとなる。  

 

 

(……彩音のどこが好きか、か)

 家に帰った私はそのことを考えていた。

 いつものように彩音の机に座りながら、ベッドに寝転がる彩音を見つめて。

(そういえば、ちゃんとは考えたことなかったな)

 あの場は当たり障りのないことしか言えなかった。

 私に告白をしてくれた女の子は私を諦める理由を欲しただけで、特にそれ以外の意味はなかったはずだろうけど私には意外な意味を持った。

「………ふぁ……あ」

 ベッドの上であくびをする彩音。口を押えることもなくはしたない。

(……駄目なところなら結構思いつくけど)

 特に人の気持ちに鈍いところとかね。

(人を好きになるには理由なんていらないとは思うけど)

 好きだから好きでいい。駄目なところもイラつくところもある。でも、そういうことを全部含めて好きと思える。

 それは多分素敵なことなんだと思うけど。

 好きな人の好きなところを言語化できないのは何となくいい気分はしない。

 好きなところが言えないからって私の愛は一ミリもかけたりはしないとしてもね。

「美咲―?」

 自問をしながら彩音を見つめていると、彩音が私の視線に気づく。

「さっきからなんか用なわけ?」

「……別に、用ってほどじゃないわよ。ただ、あんたのす……」

 きなところと続けようとしてやめた。

 彩音にそういうのは照れるものがある。

「す?」

「……あんたのいいところを考えてあげてたのよ」

 代わりに嫌味にも取れることを言った。

「あー……」

 彩音は不機嫌になるかと思ったけど、そんなことはなく何かを思い出したかのように遠い目をした。

「……何よ」

 代わりに私の方が訝しげにその理由を尋ねる。

「いや、ゆめにも同じようなこと言われたなーって」

「……そう」

 まったくこいつは。

 口に出さずに思って少しあきれた。

 何かとすぐゆめ、ね。

 別に今更だから不満というか怒ったりはしないけど……

「で、ゆめはなんていったわけ?」

「それがさ、よくわかんないとかいうんだよね」

「………ふーん」

 私と同じ思考でさすがというべきか、それとも彩音のいいところというのはわかりづらいのか。

「あーでもさ、それがきっかけでゆめにプロポーズしたんだよね」

「っ………」

 ゆめの名前を出された時には感情の乱れを出さなかったけどこっちは揺れた。

「……………………なにそれ。意味わかんない」

「んーと、だからゆめがあたしのいいところがわかんないとかいうから、たまにはあたしのかっこいいところでも見せようかなと思ってプレゼントしたの」

「なんでそれがプロポーズになるのよ」

「ん? せっかくだから、薬指に指輪をしたらかっこいいかなって思って」

「……それだけ?」

 詳しくまではわからないけど、そんなついでのような感覚でしたわけ?

「うん、まぁ思い返すと我ながら突拍子もないなって思うけどね」

「……そう、ね」

 ……これは彩音のいいところって言うべきなのかしら。それとも悪いところって言うべきなのかしら。

 そのどちらでもあるんだろうな程度に考えてそのことに関しては思考を止める。

 もっとほかに意識することがあったから。

(安心、した)

 プロポーズの理由がそんなことで。

 彩音にプロポーズをされた夜にゆめの方を先にされたことに関しては一応の納得はしたし、あの時のついでなんかじゃないっていう言葉が嘘なわけがないっていうこともわかっている。

 それでも不安も不満もあったから。ゆめを先にしたのは深く考えた結果じゃないっていうことに安心した。

 それも本当で。

「あ、ゆめには黙っててよ」

 相変わらずゆめを気にする彩音に諦観を抱くのも本音だった。

二人と一つ2

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