空を高く感じる昼下がり。あたしは、週の初めに約束してたのでゆめの家に訪れていた。ゆめのお母さんに通されて、ゆめを部屋に足を踏み入れる。

「よっす、ゆめ」

 相変わらず、殺風景ではないけど、飾り気のない部屋のベッドにいるゆめに挨拶。ゆめはヒマだったのか、疲れてるのか、ベッドでぼけーっとしている。

「……よっす」

 あたしが来たのに気付いてゆめは若干呆けたままオウム返しして、体を起こした。それからじぃっとあたしとドア付近を見て、若干首をかしげた。

「……彩音だけ?」

 首をかしげながら、真っ先に心に浮かんだであろう疑問を問いかけてきた。

「なに、あたしだけじゃ不満」

「……そんなことは、ない。でも、一緒に来ると思った」

 ま、確かにゆめの家に行くときは美咲と一緒にいくことが多いし、今日だって本当はそのつもりだった。

 あたしは、部屋の中に入っていって、バックを置かしてもらってベッドにいるゆめに向き合う。

「なんか知んないけど、ちょっと用があるんだって。ま、遅れるけど行くとは言ってたからそのうちくんじゃないの?」

「……めずらしい」

「ま、そだね。美咲があたしたちとの約束よりも、後からの用事優先するなんて。そりゃ、外せない用事ってのもできるかもだけど。でも、美咲ってこういうときに限ってくだらない用だったりすんだよ」

 欲しい本を買い忘れてたとかでたまに約束破るわけじゃないけど、こうして遅刻したりはそれなりにする人間。思ったらすぐ行動に移すから。

 ゆめ自身美咲に用があったわけじゃなくて、ほとんどいつも一緒に来るはずの美咲がいなかったのを聞いただけみたいで、あたしたちはいつものように話をする。学校のことだったり、漫画のことだったり、ドラマのことだったり、服やアクセのことだったり、ただ実はゆめは結構無趣味だから意外に話せることは多くはなかったりする。

もっとも、ゆめの場合あたしの話を聞くのも好きとは言ってくれるけど。

「そういやさ、今さらだけど、高校入る前は毎日会えなくなって寂しいかなとか思ったけど、こうやって毎日会えないから久しぶりに顔見たときの喜びっていうか、そういうのはひとしおな気がしない?」

「……私は、毎日会えたほうがいい」

「ま、それはあたしもそうだけど……って、なんであたしこんなこと言ってんだ?」

 不意に頭に浮かんできて思わず口に出したけど、思い返すとかなり恥ずいこと言ってる気がする。相手がゆめだからこんな風に素で返してくれるけどこれで相手が美咲だったらどんなこと言われて茶化されるかわかったもんじゃない。

 わかったもんじゃ……

 あたしは何か嫌な感じがして、不意にドアのほうに目を向けてみて……固まる。それから背筋に嫌な汗が流れて、顔が赤くなった。

「美咲! い、いつから……」

 開けはなれたドアの向こうに美咲が立っていた。なにやら小さな包みをもって、部屋をどこかいつものと違う感じで見つめている。

「さぁ? どうしたの、あせって。私に聞かれたらまずい話でもしてたわけ?」

「べ、別にそんなんじゃないけど……」

 聞いて、なかった? 普段の美咲なら問答無用で突っ込んでくるだろうし。

 美咲はそのまま部屋に入ってくるとまず持っていた包みをテーブルに置いた。

「……それ、なに?」

「ケーキ、お土産」

「……ケーキ」

 ゆめはまるで子犬が餌を見つけたかのように嬉々とした様子でベッドから出て、遠慮もなしに包みを開ける。

「おー、気が利くねー。これで、遅刻の罪は許そう」

「あんたに許してもらう必要なんてないわよ」

「ところで、このケーキどこの? この包み見たことない気がするけど」

「家がもらったの持ってきた。置いといてもしかたないし」

「ふーん。で、ゆめお預けくらった犬じゃないんだから、じーっと見つめんのやめなよ……みっともない」

 ゆめはあたしたちがはなしてる間無言で包みの中にあるケーキを見つめている。ケーキは三種、モンブランと苺ショート、ガトーショコラ。定番といえば、定番だ。心なしかちょっと高級そうにも見える。

「……早く、食べる」

「ゆめ〜、ここはホストとしてお茶淹れるなりの気を利かせられないわけ?」

「……二人を残したら、その間に食べられるかもしれない」

「……あんたじゃあるまいし」

「……………」

 ゆめは何故か顔を背ける。皮肉をうまく返せる人間じゃないことは知ってるけど、これは……

「まさか、図星?」

「……世界中の甘いものは、全部私のもの」

「何言い出すんだ、この子は」

「はいはい、そこらへんにしといてお茶もみんなで淹れましょうね。ったく、私がいないとお茶も淹れられないのあんたらは」

 美咲は呆れて言うけど、これはゆめのせいだとあたしは思うな。

 とにもかくにも、三人でお茶を淹れて、部屋に戻ってじゃんけんで食べたいケーキ決めておしゃべりをしながらのティーパーティー。

「あ、ゆめ、今私のをとろうとしたでしょ」

「……美咲のも食べたい」

「それ選んだのゆめじゃん、自分で選んでおいて人の盗るなって」

「……彩音のも欲しい」

「反省なしにさらに貪欲に求めてくるね」

「じゃ、ちょっとずつ交換でもする? 黙っておくと、ゆめが勝手に取りそうだし」

「ま、あたしも別の食べてみたいし、そうしよっか」

 いつもといえばいつものようなやり取りをしながらあたしたちは平和な時間を過ごした。

 

 

「んじゃゆめ、まったね〜」

「じゃあね、また」

「……また」

 そんなこんなで時間も過ぎて、夕飯も近くなってゆめの家を後にする。美咲とは家も結構近いからかなりのところまで一緒で、並んで自転車をこいでいく。

「そういえば、彩音おもしろいこと言ってたわね」

「おもしろいこと?」

 時速十キロほどで流れる町並みを行く中、美咲が妙なことを言い出してあたしは首をひねった。

 今日美咲が話したので特にそんなこと言った記憶は、ないと思うけど。

「会えない時間があると、会えたときの嬉しさが増すってやつ」

「っ、やっぱ聞いてたんかい」

 それをわざわざ時間をずらして茶化しにくるなんてつくづく美咲は人が悪い。ゆめの前で言わないというのは良心なのか、からかう際に少しやりづらいゆめがいないのを狙ったのか。

「私は……ゆめの意見に賛成ね。好きな人に会えるのにわざわざ日を置く意味なんてないわよ。毎日でも会いたい、声も聞きたい。会えてないから、会えたときに嬉しいなんて寂しさを紛らわすためのただのいいわけよ」

「っ……」

「なによ?」

 あたしは、自転車なのに前を見ることも忘れ、鳩が豆鉄砲くらったように美咲を見た。でも、鳩が豆鉄砲くらってもただ逃げるだけだと思うけど、じゃなくて!

「いや、美咲にまで真面目に返されるとは思わなかったから」

「別に、たまにはそういう気分になるわよ。っていうか、そんなに意外?」

「んー、よく考えたらそうでもないかもね。ただ、からかわれると思ったから」

「からかったって何にもなんないでしょ。そんなことより、最近遅刻ぎりぎりになるんだから朝早くしてよね」

「じゃ、美咲が起こしにきてよ。お母さんより、美咲のほうが効果あるし」

「ふぅ、そんなんじゃいつまでたっても進歩ないでしょ。あ、彩音の場合小学校のときはちゃんと起きてたからむしろ退化してるのかしら?」

「むー。はいはい、せいぜい頑張りますよ、っと」

 別にいいじゃん、美咲との朝はいつもそんなんなんだから今さら注意しなくてもさぁ。美咲がいなくなるわけでもないんだから。人は常に誰かの助けを貰って生きていくんだから。

なんて、くだらないことも思ったけど、これは口に出すと根が真面目な美咲は怒りそうな気もするのでやめておく。

「ま、しっかりなさい」

 美咲はそういうとペダルを強く漕ぎ出してあたしの前にでた。

「…………」

 美咲が先にいくというのを見るということに何故か理由のわからない不安を感じてあたしも速度を上げて美咲のとなりへと出た。

 わざわざ先に出た割には美咲は何もいうことなく、今度は先にいったりしないで結局帰路が別れるところまであたしたちは笑って過ごすのだった。

「じゃねー、明日よろしくー」

「だから、起きなさいって言ってるの! じゃあね」

 最後の挨拶をして別々の道に分かれていく。

 今日もあたしたちは幸せな時間を過ごしたんだなと、実感はしないでも心でそれを感じながらあたしは家へと帰っていった。

 

 

 トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル。

「……………」

 午前零時半。あたしは、机の前でいつものように明日……今日の科目のチェックをしながら、スクールバックの中身を入れ替えているとふと気になることを思い出して、これも寝る前の恒例の充電中のケータイを手にとって電話をかけてみた。

トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル。

「ふむぅ……」

 相手は美咲、そろそろ十回のコールになるってのに出る気配はない。電話に出る気配もなにもない気がするけど、とにかく出ない。手元にあれば、とっくに出ててもいいはずなのに。

 まぁ、日付を周ってる。もう寝てたってちっともおかしくはない。

 トゥルルル、トゥルルル、

 そろそろ諦めて切ろうかなと思っていると、

 プツ。

 ツー、ツー。

 切られた。

「…………………って、切んなくてもいいじゃん!

 そりゃ、こんな時間に電話するほうが悪いかもしれないけどさ、でも切んなくたってただ、でて眠いから明日にしろと一言言えばいいだけなのに。

 あたしは、憤慨するとかけなおすことはしないで、開いたまま、ケータイの画面を見つめる。もしかしたら、美咲が思いなおしてかけなおしてくるかと思ったから。

 けど、待ってもそれはなかった。

「まぁ、いっか」

 冷静になれば、やっぱりこんな時間に電話したのが悪いし、用事も明日の授業でちょっと聞きたいことがあっただけ、この程度のことでわざわざ電話なんかしたら逆に美咲に怒られるかもしんない。

 ……明日、何の電話かって聞かれて、結局用件は言わざるを得ないんだから怒られるのは変わんないかもしれないけど。

 あたしはケータイを充電器に戻すと、最後にもう一回時間割を確認してからバックを閉じて、ベッドに向かった。

 ふかふかのベッドに身を倒して、今度こそ本当に最後に机の上にあるケータイを一瞥すると明日美咲にどう対応しようかと思いながら目を閉じていった。

 

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