んぅ。
暖かなベッドの中で徐々に意識を覚醒させていったあたしは、朝特有の寒さに体をブルブルと震わせた。
(……寒くなってきたなぁ)
寒さのせいか起きちゃったけど、とてもベッドから出る気なんてしなくてベッドの中で身を縮こませる。
今、何時、だろ……
枕元にある目覚まし時計に手を出すのすら面倒だけど、こっちも学校に通っている身分としてはそれを気にしないわけにもいかない。
「ん、う、」
七時ちょっと前。まだ起きなくても大丈夫な時間。
(あぁ、よかった。まだねてられ………?)
もぞもぞと目覚ましを戻そうとすると、視界にありえないものが映った。
あたしと同じ制服、普段はツリ目できつめな瞳は今は閉じられ、腰まで伸びた長い髪は座ると床にまでついてしまう。
(な、なんで、美咲が?)
ベッドの脇にいたのは美咲、座りながら顔を傾けて、眠ってる? 寝てる?
な、なんで?
あたしは一気にガバっと飛び起きてベッドの上に呆然と座った。
「ん? んぅ?」
その衝撃に反応したのか美咲は目を擦りながら目を覚ました。何度かしぱしぱと目を瞬きさせて、からあたしにロックオンして。
「あら、彩音おはよう」
何事もなかったかのように挨拶してきた。
「お、おはよう」
おはようと言われたんだからあたしも当然そう、かえし……
じゃなくて!
「な、なんで美咲がいんの!」
「起こしにこいっていったのは、彩音よ?」
「それでなんで、隣で寝てんの!!?」
あたしは朝だってのに、家中に響くんじゃないかって声で美咲に問いただした。
美咲は、それを雷でも落ちたかのように頭を抑えて、顔をしかめてた。
「大きな声出さないでよ、あんまり寝てないんだから。ふぅ、ちょっとうとうとしちゃっただけ。そんなことくらいでいちいち騒がないでよ」
「朝起きていきなり、部屋の中で人が寝てれば騒ぎもするっての」
「ま、いいじゃない。おかげで早く起きられたでしょ。ほら、無駄にしないためにもさっさと着替えちゃいなさい」
美咲はそういってあたしの制服を差し出してくる。
時間があるとはいえ、二度寝する気になれるはずもないあたしはしぶしぶそれを受け取って身支度を始める。
「ったく、こういう突拍子もないことはゆめがするもんでしょ」
その間にも美咲への愚痴は当然つきない。
「あら? ゆめのほうがよかった?」
「そういう意味じゃないっつの」
時間の関係上、いつもよりゆっくりと身支度を整えたあたしは姿見をみてよしっと心の中で頷く。
「美咲、ご飯食べてきたの?」
その間あたしの部屋を出ることのなかった美咲に問いかけてみる。
「ちゃんとは、食べてないけど」
美咲は、また少し眠そうにあくびをしてから応えた。
「そうなんだ、じゃ、食べてく?」
「いいわ、いきなり朝ご飯を用意しろだなんて迷惑でしょ?」
「別に、美咲ならうちの親も気にしないと思うけどね」
「いいってば、あんまり食欲ないし」
「なに? ダイエット?」
あたしの目から見れば美咲にダイエットなんてとても必要とは思えないけど、それはそれ。自分と人の感性は違うんだから美咲は気にしてるかも知んないし。
「違う、それにダイエットしてたって朝ごはんは食べたほうが脂肪はつきにくいのよ」
「ふーん。ま、いいやあたしはご飯食べるけど、美咲はどうする?」
「ここにいるわ。私が目の前にいたら食べづらいでしょ。ま、時間はあるからゆっくり食べてきなさい」
「はーい」
と、返事はしたもののなんだかんだで美咲を待たせてるって状況はそうなのだからあたしは朝ごはんもそこそこになるべく早く美咲を迎えに行った。
「おまたせー……って」
部屋に戻ったあたしの目に写ったのは。
「ん……、おかえり」
あたしのベッド座った状態で横になる美咲だった。むくりと体を起こすとだるそうに体を伸ばす。
「そんなに眠いんなら帰って寝たら?」
「いいわよ、授業中ねるから」
「学校いく意味ないじゃん」
「あら、学校に勉強するためだけにいくんだったら、学校の意味こそないわよ」
正論と、言えば正論だ。学校は、そりゃ今までの経験やら世間の常識とかで考えていかなきゃって強迫観念に駆られはするけど、学校いく理由は勉強が一番の目的じゃない。
一番はやっぱ、友だちにあえるからだ。中学のときまでは給食のかなり上位になってたけど。
まだ時間があるけどそんなに話こむことはしないで、荷物を持つと自転車で学校へと向かっていく。
「そういえば、彩音。昨日の電話ってなんだったの?」
「あー、えと、つか、あんな時間とはいえ切らなくてもいいじゃん」
「眠かったのよ。それに、こうして直接合ったほうが色々話もしやすいでしょ?」
「まぁ、そだけど」
なんら代わり映えのない登校路を行きながらふと、不満に思うこともある。
あの時間くらいに寝たんなら、そんなあたしの部屋で寝る必要もないでしょうが。わざわざいうことでもないけど、いくら美咲とは言え無断で人の隣で寝てたらあんまりいい気はしないし。
電話の内容は昨日不安に思ったとおりにバカにされたけどそれ以外はいつも通り学校へと着いた。
自転車置き場に自転車を置いて、下駄箱を通って、クラスの違う美咲とそろそろ別れるところ。
「あ、そだ。あたし今日は英語の追試があるから先帰ってていいよ」
「ん、いいわよ。待ってる。図書館にいるから終ったら連絡して」
「うん、あんがと。んじゃ、あんま寝ないように気をつけなよ」
「そのあたりはうまく誤魔化すわ。そっちこそ、また追試なんてことにならないように放課後までに勉強しておきなさい。なんなら教える?」
「ん、ま、だいじょぶっしょ。前もあと一問だけだったし。んじゃ、今度こそじゃね」
「じゃあ」
そうしてこれから憂鬱な授業を迎える教室に歩いていった。
そんなことから一週間ほど、あたしはふと思うことがあって放課後ゆめを呼び出していた。
どっちかの部屋だともしかして、聞かれたくない人が来るかもしれないから駅前の喫茶店。ま、ここもよく三人で来るから危ないかもしれないけど。
「なんかさ、最近美咲変じゃない?」
窓際の席に陣取ってゆめと向かいあう。
「……変?」
ゆめはさっそく頼んだ、あんみつを食べながら首をかしげた。
あたしも、アイスクリームをいただきながら続けていく。
「なんかぁ、やけにうーん、なんつか、べたべたしてくるってか、付きまとってくるんだよね」
「……私は前三人であったのが最後。自慢なら聞きたくない」
「いや、そうじゃなくて……」
何で美咲が付きまとうってのが自慢になんの。ったくゆめは。頭はいいはずなんだから意図くらい察してよ。
あたしを見てちょ〜っとむっとしたかと思えば、あんみつをほおばると頬をほころばせるゆめ。その動作自体わかりづらいけど、見る人が見ればゆめは結構わかりやすい。
「まぁ、あたしも別に変って思ってるわけじゃなくて、最近はほとんど毎日起こしにくるっていうか、寝てる間に部屋に入ってくるし、前までならあたしが放課後用あったりするとさっさと帰ってたのに絶対に待つし。休み時間もちょくちょく会いにくるし、なーんかおかしいんだよね」
「……やっぱり、自慢」
「違うって」
「……冗談じゃないけど、冗談」
だから、よくわからんない冗談はやめろといつも。っていうかゆめからすると冗談ではないんだろうね。自分はいつも学校で一人なのにあたしと美咲は毎日一緒ってのをわざわざ言われたら不満なんだろうね。
「……彩音がわかんないことじゃ私もわかんない」
「まぁ、直接会ってないんじゃそっか。でもメールとかするっしょ? 何か聞いてたりしない?」
「……彩音に話さないことをわたしに話したりしないと、思う」
「んなことはないと思うけど」
とりあえずゆめは何にも知らないわけだ。そもそもがあたしの勘みたいなものだから美咲がおかしい根拠があるわけじゃないけど。
「……用、それだけ?」
「ん、ま、一応。あ、他に用事あった?」
「……ない。あったって彩音からの連絡があれば関係ない」
「そりゃ、どうも」
「……ただ、」
「せっかく会えたのに美咲のことばっか気にしてるのが寂しい?」
コクン。
予想通りに頷くゆめにあたしは薄く笑う。ゆめがこういう性格だってしってはいてもいつまでも慣れなくて含み笑いをしちゃう。
「じゃ、これからの時間はゆめ様のためにあたしのすべてを捧げますよっと」
「……くるしゅうない」
これも、あたしの幸せの時間。自覚することのない幸せの時間。その中をあたしは過ごしている。
トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル。
夜、家族が寝静まった時間。あたしは机の前でケータイを耳に当ててコール音を聞いていた。その相手は美咲。別に、様子がおかしいって思ってるのを確かめたいわけじゃない。
まったく気にならないわけじゃなくても、美咲が何かを悩んでたりするのならまずあたしかゆめに言ってくる。それがないってことはつまりはおかしいって思うこと自体ただの気のせいって可能性も十分にある。
もしくはわざわざ話すようなことじゃないとか。
トゥルルル、トゥルルル、トゥルル……
何回かコールしてもでないからまたこの前みたく無視されるのかと思い始めたころ、
ピッ。
「……彩音?」
「お、でた」
「なによ、こんな時間に」
「ん、いやちょっとね。聞きたいことあって」
あたしは今回の用件だった、あしたの学校についてのことを美咲と話す。美咲はやっぱりこんな時間にその程度のこと? って感じで多少冷たくあしらわれるけど、邪険にはしないで一つ一つ、応えてくれる。小馬鹿にしたようなのは抑えきれてないけど、
あたしは電話をあてたまま腑に落ちないといった感じに首をひねる。
「あぁ、そっか、ありがと」
「そ、というよりその程度自分で調べなさいよ」
……けど、なんつーからしくない。基本的に美咲はこういうとき口調とかは変わんないし、応えてはくれるけど今日は、やけに優しい気がする。それに、普段ならどうせ明日会うんだからその時にしろと早々と電話を切るくせにまるでゆめと電話してるときみたいに余計なことを言わさせられる。
「美咲……」
「ん? なに」
「あんた、何かあったの?」
ちょっとしたかまをかける。ここで美咲が少しでも動揺を見せればあたしはそれを見逃さないはず。いくら電話越しでも美咲の気配はわかる。
「は? 何が?」
……普通、だ。普通の美咲だ。いきなりな質問に素で答えてる。少なくてもそう聞こえる。生まれたときから一緒のほかでもないあたしの判断。それは、決して間違ってない、と思う。でも、それ以上にあたしと美咲の間にある一種のテレパシーみたいなものが働いて、その判断に異議を唱えてる。
「美咲………何が、あっ……」
たの? といいかけてあたしは、やめた。
「……………」
少しの沈黙。
電話をそのままに視線を散らして、あいてる手で首の後ろを掻いた。
(何か、隠してるな)
多分、間違いない。あたしがそう思うんだから、間違いない。他人には、他の友だちや、家族、ゆめですら気付かないかもしれない。でも、あたしだけにはわかる。確信的に。
「彩音?」
「……なんでもない」
「そ」
何か隠してるとしても、あたしに言おうとしない。それが少なくても今の美咲の気持ち。なら、それは多分あたしが触れて欲しいことじゃないはず。
これからの美咲次第で今以上に、美咲の心に踏み込むこともあるだろうけど、今はまだここに止まろう。
「彩音」
「うん」
「……………なんでもない」
「そ、じゃ、また明日。あ、出来たらまた起こすのお願いしますよ、っと」
「ふぅ、しょうがないわね」
「じゃ、おやすみー」
「……おやすみ」