「んっ…ふぅ………はぁ…」 乱れる呼吸に 「あ………ふぁ」 流れる汗。 「……あ、や、え……」 そして、ベッドの上で真っ赤になった顔で宮古は間近に迫る恋人の名を呼ぶ。 「もう、だから言ったじゃない」 そんな宮古を脇で見つめる八重は少しあきれたようにそう言った。 「お風呂から出たあとなのに、バイクなんか乗るから風邪ひいたりするのよ。だから泊まっていけばっていったのに」 「……うるさいわね。仕方ないでしょ、仕事なんだから」 あきれながらも少し嬉しそうな八重に対し、宮古は痛むのどとぼーっとする頭で口をとがらせる。 この前の休日。恋人の八重に会いに行き、手作りケーキをごちそうというか食べさせあったのまでは良かったが、流れで一緒にお風呂に入ることになってしまった上、連休にはしなかったのでよく体を乾かさないままバイクで三十分の道のりを帰った宮古は見事に風邪をひいてしまっていた。 「……というか、風邪ひいたなんて言ってないじゃない。なんで、来てるのよ」 メールのやりとりはしていても、そのことを伝えたこともないのにお見舞いにきた恋人に宮古は嬉しさよりもそれを疑問に思った。 「ん。なんとんかく、昨日電話したときにちょっと元気ないなって思って。それにすぐ切られちゃったし。こういうときは風邪引いてるときだなって」 「っ……」 図星な宮古は少し悔しそうにしながらも、次の瞬間にはそれだけでわかってくれる恋人に口元をほころばせる。ただし、それは掛布団の下にかくして八重には気づかせない。 「宮古はいつもそうよね。弱みを見せたがらない」 「……別に、このくらい知らせることもないって思っただけよ」 「そういう割には辛そうにしてるじゃない。汗だってこんなにかいて」 「んっ……」 八重の手が髪に触れると宮古はくすぐったそうに身をよじる。 「……思ったより汗かいてるわね。着替えたほうがいいんじゃない?」 「このくらい、大丈夫、よ」 「だめよ。悪化したらどうするの。ほら、手伝ってあげるから脱いで」 と、八重は宮古を支えながら起こすと寝間着のボタンに手をかけた。 「ちょ! わ、わかったわよ。脱ぐから」 さすがに保育園の先生をしているだけあり、こういうときの八重は容赦がないというか、迷いがない。しかも、服を脱がすのは慣れていて、すでに胸のボタンまで外されてしまった。 「ん……」 「はい」 ほとんど脱がされていた服を脱いで、汗ばんだ肌を露出させるのと同時にその服を受け取って、軽くたたむとその手にタオルを持ち変える。 「って、ちょっと!? じ、自分でするわよ」 「だめよ。自分じゃできないところもあるでしょ。病人は素直に言うこと聞いてなさい」 「んっ……あ、も……ぅ」 これもこういったことに慣れている八重は手際よく宮古の体を拭いていく。 すっきりとしたお腹に、魅惑的なくびれ、じっとりと汗ばむ背中。 (……ったく、もう) 恋人の手(タオル)に体を撫でられる宮古は心で、悪態のようなものをつく。 するのも、されるのも経験はあるが宮古としては毎回恥ずかしくてたまらない。こういったことがされてしまうということもあって、知らせなかったというのに。 もっとも、はっきり拒絶すれば八重も無理にすることはないはずで、それをしないというのは……つまりそういうことなのだが。 「んー……」 「? どうか、したの?」 背中を拭いてくれていた手が止まって宮古は首をかしげる。 「下着も変えたほうがいいわね」 と、八重の手がブラのホック付近に触れるとさすがに宮古もあわてる。 「ちょ、っと、それは、さすがに自分でするから」 「わかってるわよ。はい、タオル」 「あ、うん……」 「じゃあ、私は着替えだしておくわね」 慣れたやりとりを繰り返して、宮古は受け取ったタオルで汗を拭きとると八重が用意してくれた新しい下着とパジャマに着替えた。 その後も、いつものお見舞いの時と同じようなことをした。 管理人室にだけある簡単なキッチンで作ったおかゆを食べさせてもらい、おでこを水で濡らしたタオルで冷やしてなど、定番なことは大体こなす。 「…………」 風邪ひいていることもあり、会話はそれほど多くないが、会話せずとも気持ちを伝え合うなど造作もなく、宮古は肉体的にはつらさをもちながらも心は幸福に満たされる。 大学のころは毎日一緒にいたが、働くようになってしまって確実に一緒の時間は減っていた。 最初はなんで来たなどといったが、好きな人と一緒にいられる時間が増えるのを嫌がる理由などない。 「ね……八重」 そして、一緒にいればもっと、を望んでしまうものだ。 「なにかしら?」 「アレ、してくれない?」 自然と握られていた手を握り返しながら、熱にうなされた瞳で宮古はそう訴えかけた。 「えぇ、わかったわ」 アレという不確かな言葉だけでも宮古が何を望んでいるのかわかる八重は幸せそうにそううなづいた。 そのまま八重はベッドに上がって宮古の頭部の横に腰を下ろすと、宮古の頭を持ち上げて枕から自分の膝元へと持って行った。 「どう?」 「ん………最高」 柔らかくでも、無機質な枕からいとしい熱を持つ八重の膝の感触はどんな極上の枕よりも優れている。 感触もさることながら一番すばらしいのは 「ふぅ……八重」 恋人の顔がそこにあることだ。 神秘さを感じるような魅惑的な瞳に見つめられるとそれだけで苦しさがひいていくような錯覚すら覚える。 それほどに宮古にとって八重が一緒にいるということは大きなことだった。 「ぁん。なにするのよ」 「いいじゃない。触らせてよ」 「……ん、もう。仕方ないわね、宮古は」 宮古は愛しさ故に自然に伸ばしていた両手で八重の頬に触れる。 軽く頬を撫でてから、両手を添えてじっと見つめあう。 「………八重」 「どうしたの?」 八重もまた片手だけを宮古に添えて、お互い情熱的に見つめあう。 「……好き」 「私も、大好きよ。宮古」 そして幾度となく伝え合った想いを伝え合う。 「……たまには風邪ひくのも悪くないわね」 そのまましばらくお互いを感じあっていた二人だが、目を閉じたままの宮古がふとそうつぶやく。 「私が寝込んだときも、お見舞い、来てよ?」 「ふふ、当たり前でしょ。何をおいても飛んでくわよ。でも、今は……」 これも何度もしたような会話をしながら宮古は不意に体を起こすと 「ぁ、宮古」 少しあわてる八重の手を握って 「貴女を感じさせて」 と、唇を重ねるのだった。