昔、といっても一年半ほど前ではあるけれど、昔だったらせつな先輩に何かがあるとわかっていても真正面から向かって行くのは簡単にはできなかった。
その時はまだ付き合う前だったこともあって、それは仕方のないことだったのかもしれない。
種島先輩に話を聞いたり、友原先輩に八つ当たりをしたり、【宣戦布告】をしたり自分以外の誰かを頼らなければ前に進むことができなかった。
でも、今は違う。
私は、せつな先輩の恋人で世界で一番あの人のことを想っているのだから。
「おはようございます」
「……渚」
朝食時。私は、食堂に来ると同時に一人でいた朝比奈先輩を見つけ迷わずそこに近づいていった。
「…………おはよう」
隣いいですかと、断りを入れることもなく隣に座った私を見ずにせつな先輩は挨拶を返してくれる。
(…………)
すぐに話に入ろうと考えていた私だけれど、せつな先輩の顔を見て押しとどまる。
疲れた顔をしている。目も赤いし、目元も……腫れてる?
(……泣いたりでも、したの?)
それは予想外のことではあった。昨日、せつな先輩を【傷つけた】のは理解している。けれど、そこまでのことをしたつもりはない。
泣かしたりなんてしたつもりは、ない。
でもきっと
(泣いた、のよね)
それは確信できた。
ただ、眠れなかったんじゃない。せつな先輩は昨晩泣いていたんだ。それも、私のことで。
だけど、私のこと以外で。
矛盾しているけれど、それはきっと事実。
きっかけを作ったのは私かもしれない。でも、泣いたのは別の理由。
「っ。せつな先輩」
それに考えが至った瞬間私は声を出さずにはいられなくなった。
「話が、したいです」
「……………」
「今日、とは言いません。けど、近いうちにちゃんと、話がしたいんです」
「……………」
「これまでの、こと。…………これからの、こと。ちゃんと先輩と話しが……」
「渚」
私の話を聞くだけだったせつな先輩はいきなり私を呼んできた。
「……はい」
まだまだ言いたいことが終わったわけではないけれど、私はそう頷いた。
「………ごめんなさい。今は、無理」
私たちは今軽い話をしてはいない。まだ具体的な話ではなくとも大切な、二人にとってとても大切な話をしているつもり。
でも、先輩を一心に見つめる私とは異なり先輩は私を見てはくれない。
(せつな先輩)
それでも私はより一層私を見てくれないせつな先輩の横顔を見つめた。
憂いの表情。
その一言に尽きる。
その瞳に何を映しているのかわからないけれど、少なくとも私を見てはいないことだけは確かだった。
「……わかり、ました」
本当はこんなこと言うつもりなんてなかった。
せつな先輩の力になりたいと決めたんだから、どんなことがあっても先輩に向かって行って傷に触れて、それを癒してあげたいと思っていた。
でも
「待って、ますから」
「………………」
せつな先輩を信じて待つのも、恋人には必要なことだと思えるから今はそう頷いていた。