冷たい風の吹く中、私は寮の屋上で一人景色を眺めていた。
頭の中にあるのは景色や寒さに対する感情ではなく、せつな先輩のことだけ。
せつな先輩のことを考えるのにここである必要はないけれど、でもここで考えたかった。
(……らしくない)
とは、もう思わない。
以前の私だったらともかく、今の私は恋の論理的でない思考を否定したりなんかしない。
待ってると言った私は自分の気持ちをもう一度見つめなおすためにも、この意味のある場所でせつな先輩のことを考えていた。
私が初めてせつな先輩を見たのはいつだったか思い出せない。
意識せずには何度も見ていたはずだろうけれど、せつな先輩を意識するようになったのは陽菜と友だちになった後だ。
気に食わない先輩だった。
陽菜が自分のことを好きなのを知っていて、それに応える気がないくせに陽菜にそれを告げようともしない。
その時はまだ恋なんて全然知らなかったけど、でも陽菜がかわいそうに思えて私は二人に酷なことを強いた。
せつな先輩を気にするようになったのは、その時から。陽菜とのことは終わって私はせつな先輩と話しをした。
今にして思えば、その時初めてせつな先輩の心に触れることができたのだと思う。
あの時の言葉、今ならわかる。
せつな先輩は友原先輩が好きで、けれど友原先輩は西条先輩が好きで、そして、陽菜はせつな先輩が好きだった。だからと言ってせつな先輩が陽菜を選ぶことをしなかったその理由今ならわかる。
恋はそういうものじゃないから。勝算があるとかないとか、そういうことじゃない。好きな人の気持ちが自分に向いていないからって、その想いを別の相手に向けるなんてできない。
(……ほんと、無礼なことをしていたものね)
あきれながら私はまだまだその無礼なことを思い出す。
それは、友原先輩が苦しんでいた時のこと。詳しくは知らないけれど、【家庭の事情】というもので友原先輩が苦しんでいたころ。
せつな先輩は苦しむ友原先輩に何もしようとしていなかった。友原先輩が苦しんでいるのはあまりに明白だったのに友原先輩を好きなせつな先輩は、何もせずできず、自分を守っていた。
その時も恋なんて知らず、陽菜をふってまで友原先輩を想うことを選んだ気持ちはその程度なのかと浅はかに考えての言葉だった。
けれど、それがきっかけになった。
せつな先輩を好きになるきっかになった。
偶然だった。
その日私は、特にすることもなく部屋に戻ろうとしていたところだった。
今だからこそなおさら最低な行為に思えるけれど、私は廊下にもれる三人の会話を聞いてしまった。
過程のわからない私は、何を言っているのかわからなかったけれどわかったことがあった。
それがせつな先輩が誰よりも愛する友原先輩のことを西条先輩に託したということ。
だから私は部屋を出てきたせつな先輩を自分の部屋へと連れて行った。
そこで感じたのは、【愛】だった。
私が知らない感情。もしかしたらこの先もずっと知ることのなかった愛を私はこの時に知った気がした。
心からすごいと思えた。私はどこかでせつな先輩の気持ちを言葉だけだと思っていたのかもしれない。だからこそ、せつな先輩の涙は輝いていて、それで……
好きに、なった。ううん、この時はまだ惹かれたという言葉のほうが正しかったかもしれない。
自分には絶対にできないことをしたせつな先輩を尊敬して、力になりたいと図々しく思って。
初めて、恋をした。
恋のこともせつな先輩のことも全然知らなかった私は戸惑うばかりだったけれど、私は色々な人に助けられせつな先輩に告白ができた。
私なりの好きを伝えることができた。
それから半年以上は不思議な関係だった。
友だちとも、ただの先輩後輩とも、もちろん恋人なんかではなくてでも、仲は良かったと言えると思える不思議な関係。
その中には不安もあった。もう恋の真っただ中に私はいて、半年以上も関係は進まないまま時間がだけが過ぎていって、怖くもなった。
でも、そんな時間は決して無駄ではなくて。
今でもはっきり思い出せる。あの一日のこと。
結局あの日何をしていたのか、私はそれを聞いてはいない。
でも、わかる。わかっているつもり。
初めてのデートの日、せつな先輩と恋人になった日。
あの日先輩は、友原先輩との想い出をたどっていたのだと思う。一年以上培ってきた想い出をたどり、おそらくはそれに別れを告げていた。
こういう言い方は惚気かもしれないし、それが正解だなんて言えないのかもしれないけど、あの日せつな先輩は……私のためにそうしたのではないかと思っている。
あの時にはもう私に応えてくれることを決めていて、そのための儀式、というか必要な通過儀礼だった。
私を好きと思ってくれても、友原先輩への気持ちを抱えながら私とは歩けない。ううん、私のために友原先輩のことを振り切ってくれたんだ。
それから今まで。
恋人というものを知らない私は、戸惑うこともすごく多くてそのたびにせつな先輩、時には陽菜に助けてもらってゆっくり歩いてきた。
それは本当に小さな一歩ずつで、他の人から見たら進んでいないに等しいものだったかもしれない。
そうだとしても、私にとっては大切な歩みだった。
でも、せつな先輩にとっても同じだったわけじゃない。あの日から今日までの時間がせつな先輩を満たさなかったなんて思ってはいない。
けれど、私と同じようにただ喜んでいただけではなかったはず。
せつな先輩は私に恋人を望むようになっていて、私はいつまでもそれに気づかず甘えて、せつな先輩に私の寝込みを襲わせるようなことをさせてしまった。
そのことは私にとってショックでしかなかったけど、よく考えればせつな先輩が傷を負わないわけがない。
私に内緒でキスをしようとしたことに罪悪感を感じないはずはない。なのに、私は自分のことしか考えられずせつな先輩を傷つけてしまった。
そして、その傷は友原先輩に関係のあること。それは悔しい。せつな先輩の力になろうと決めた夜にも思ったけれど、これだけの時間を共に過ごしておいて、まだ好きだった人を思われているのは悔しい。
……違う。
好きだった、じゃない。今でもせつな先輩は友原先輩を好きでいる。恋人としてという意味ではなく、私を好きでいてくれるのとは別次元の話でせつな先輩は友原先輩を想っている。
ただ、それを追い出すんじゃない。あの夜に思った力になるということはそういうことじゃなくて……
うまく言葉にできない感覚的なものでしかないけど、せつな先輩が抱える傷に触れ、包み込んであげたいというようなもの。
(そういえば、言ったわね)
屋上でせつな先輩に告白をしたとき、無駄にさせないって。
友原先輩を好きだったこと、好きで苦しんだこと、悲しんだこと無駄になんかさせないって。
私がせつな先輩を愛することで、それを証明してみせる、と。
「そうよ」
私は一瞬目を閉じて、そのことを噛みしめた。
「……愛してます、せつな………先輩」
深くそのことを思って私は、せつな先輩を待つことにした。