夏が終わっても、昼間の日差しは相も変わらず地上を焦がし続ける。

 地球温暖化の影響なのか、それとも単純に感覚的な問題なのかは知らないが最近は夏が終わり、気づくと冬になっているような気がしていた。

(それとも、毎年こんなものだったかしら?)

 階段近くにある小さなサロンで、私はまだまだ強い日差しが照りつける外を眺めていた。

 今は、土曜日の補習がえりで衣替えしたばかりの冬服を少しわずらわしく思う。

(まったく、別に一斉に衣替えなんてしなくていいのに)

 規則を作っておくのはいいが、臨機応変に対応することも大切なはずだ。特に夏服になるときなどは丁度梅雨時期にもなって長袖が恋しくなってこいしくなったりもするというのに。

(にしても、暑い)

 季節の上ではとっくに秋ではあるのにというより、今日も夏日だといっていた。

 本当にいつになったら涼しくなるのかと思いもするが

「あ………」

 不意に窓から入ってきて少し冷たいといっていい風に、私はかすかに震える。

(……風は秋の風ね)

 肌寒さを感じさせる秋の風。よく秋は物悲しい気分にさせるというけれど、秋という季節ではなく、この冬へと向かう風が人の心をせつなくさせるのではないだろうか。

(……今の、渚に聞かれたりしたらバカにされそうね)

 現実主義者だから、この目の前で眠るお姫様は。

 私は、苦笑しながら対面で座りながら居眠りをする渚に視線を移した。

 午後の補習が終わったらここで待ち合わせと、約束通り来たのだが、肝心の相手は居眠り中。

 そんなわけで、少し詩人にもなっていたけれど

「起きなさいよ。まったく」

 私はソファの端に座り、軽く首を傾けながら渚へと愚痴をこぼした。

 ちゃんと約束の時間に来たというのにいきなり居眠りとはね。

 一応楽しみにしていたのだから、がっかりしたという気分はぬぐいきれない。

(まぁ、こういう隙だらけの渚を見るのは面白いけど)

 口を開けば生意気なことを言うからね。

 そこが可愛いところでもあるけれど。

 ある意味待ち合わせをすっぽかされたような状況なのに、意外に楽しめている自分を多少おかしく思いながら私は、渚を見つめる。

 サラサラで、オレンジのにおいをさせる髪。メガネの奥からいつも厳しい視線を送る瞳は閉じられて、整っているまつ毛が美しく、わずかに開いた口元は人形のように可愛らしかった。

「ほんと、隙だらけ……」

 私はそう口にして、渚へと身を乗り出すと渚の顔に向け手を伸ばした。

 

 

「ん、んん……」

 頭が、ぼーっと、する。

 これは、よく知る感覚。

 起き抜けのまだ、体も頭も働いていないそんな鈍い感覚が体中にまとわりつく。

 一日の始まりに目覚める感覚ではなく、ふと昼間に眠ってしまった時の重い感覚。

「ん……?」

 まだ体の欲求に従い閉じられようとする瞳をどうにか開けた私は

(あ、……れ?)

 その視界がいつもの違うことに気づく。

 ただの寝ぼけ眼ではなく、実際に曇った視界。

「ふふ、起きた?」

「?」

 その異変の正体に気づかないまま私は、反射的にその声のほうに顔を向けた。

「せつな、先輩……?」

 そこにいたのは、せつな先輩で

「あ、な、何してるんですか!」

 そこに異変の正体を知った私はやっと意識を覚醒させた。

「何って、渚の可愛い寝顔を見てただけよ」

 せつな先輩は私が若干慌ててるのとは対照的にせつな先輩はメガネの奥から微笑ましい視線を返してきた。

「そ、そうではなく、な、なぜ人のメガネを取っているんですか」

 寝姿をさらしていたという気恥ずかしさに加え、せつな先輩が私のメガネをかけているというところになぜか妙に慌ててしまう。

「ん? これ? 似合う?」

 言いながら先輩は軽くメガネを指で持ち上げるとポーズのようなことをした。

「そ、それは、その……」

 そんな風に問いかけられ改めてせつな先輩をじっと見つめる私は、

「……似合い、ますけど」

 なぜか、照れながらそう口にする。

 そう、似合っている。

 実際の年齢よりも大きな差を感じるせつな先輩は常に、私にとっては大人の雰囲気を持っている人だけれど、そこにメガネをくわえただけで知的な印象が強調されいつも以上に美しかった。

「そう? ありがと」

 よくせつな先輩がする薄い笑い。それもメガネのせいか余計に魅力的で、

「っ………」

 いやにドキドキする。

「も、もう! 返してください」

 妙に恥ずかしくもなってきた私は、少し乱暴にせつな先輩からメガネを奪い取った。

「まったく! 何故人のメガネなんて取るのですか」

「渚が寝てたからなんとなく」

「理由になっていません」

「可愛い寝顔があんまり隙だらけだったからいたずらしたくなったのよ」

「っ!」

 か、可愛いといわれることは、正直苦手だった。嫌なわけはないし、むしろ嬉しいけれど、なんだか子供扱いされているような気がするから。

「にしても、こんなところで寝るなんて、そんなに眠かったの?」

「昨日は、ちょっと遅かったので」

「ふーん? 何してたの?」

「別に、本を読んでいただけです。陽菜が読め読めとうるさいので」

「へぇ、月野さん、そういうこと言うの」

 せつな先輩は少し意外そうだった。それは無理もないこと。私にも陽菜が本を読むイメージはほとんどない。あっても大体は漫画であるし、小説みたいなのを読むのはある一部のジャンルのものだけだった。

「でも、渚がそんなに熱中するなら私も読んでみようかしら? なんてタイトル?」

「っ!! そ、それは………ぅ」

 意外な反応に私は口を詰まらせる。

 だ、だって、陽菜が進めてくる本は大体……

「渚?」

「っ!!」

 私がおかしな態度になっていることを、心配してくれたのかせつな先輩はぐいっと私に顔を近づけてきて、私は反射的に身を引く。

「どうかした?」

「な、なんでもありません!」

「そうは思えないけど?」

「ひ、陽菜が進めてくるのなんて、全然せつな先輩の趣味とは合わないと思うし、私も別に、陽菜に気を使って読んでいるくらいで、そんなに熱中しているわけじゃ」

「でも、それを読んでて遅くなったんでしょ?」

「そ、それは……」

 ひ、陽菜が早く読めっていうだけで……陽菜は私がちゃんと読んでるか見張ってたりするし、ま、まぁ、昨日は陽菜はさっさと寝てたけど。だからって、読まないと陽菜がうるさいからな、だけで。別に続きが気になるとか、そんなんじゃ、全然……

「と、とにかく! 本の話はこれで終わりです」

「そういわれると、逆に気になっちゃうけど?」

「……と、とにかく!」

 私は何も返せる言葉がなくて、同じことを繰り返すしかなかった。

 すると、先輩は薄く笑い

「ふふ、渚がそういうなら、そうするわ」

 優しくそう言ってくれるのだった。

 

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