※渚の七話の数日後の話としてお読み下さい。
それは、せつな先輩との夜を過ごして数日後のある暑い日のこと。
今日は一人で図書室に行っていた私は、その帰りに珍しい、というかありえないはずの人を見た。
(あれは………)
校舎の廊下から中庭を見た私の目に入ったのは
(ときな、さん?)
夏の日差しを受けまるで清流のように光る長く美しい髪に、それにふさわしい気品にあふれる笑顔。
それはまさしくせつな先輩のお姉さんである、朝比奈ときなさんその人だった。
そんな人がなぜありえない人かというと、それはすでにときなさんは卒業生だからだ。
せつな先輩の一つ上だから今は、大学一年生のはず。卒業生ではあってももはや部外者であるときなさんがこの校舎にいるのはおかしいこと。
(……なるほど)
ただすぐにその理由を察する。
私のいる二階の廊下ではなく一階の廊下から中庭に出て、ときなさんへと駆け寄る人物。
桜坂絵梨子先生。
この学院の教師にして…………ときなさんの恋人。
学院の中、特に寮の中では表向きは触れないようにするというのは暗黙のルールになっていたみたいだけど、そんなものがあるくらいだから二人の関係はバレバレだった。
もっとも私が気づいたのは周りと比べて大分遅く、せつな先輩にちゃんとした告白ができた時期だけど。
「……………」
はっきり見えてはいても大分距離があることもあって何を話しているかまでは聞き取れないけれど二人ともすごく嬉しそうに笑っている。
もしかしたら、久しぶりに会うのかもしれない。
(……夏休みだから会いに来たとか、かしら?)
それが妥当な線だろう。
(…………来年は……私たちも同じ、か)
まだ半年以上も先のことだけど、それは考えると………
落ち込んでしまうところだった私は、
(って、……あ……)
いきなり二人が抱き合うのを見て思わず固まる。
ただ抱き合うだけじゃないとここからでもわかる激しい抱擁。
(が、学校で、こんな……)
この時の私はまだせつな先輩との関係が進めないことにそれほど悩んでいたわけではないけど、こんな風に抱き合う二人を見せられるとどうしても、意識しちゃう。
(………い、いつまで抱き合って)
正確な時間はわからないけどこの暑い中抱きしめあう二人から目が離せない。いつの間にか私のほうが手に汗を握っていて……
「あ……」
それに気づくのと同時に二人の抱擁が終わって
「っ!!!??」
さらに目を疑うようなことが起こった。
(………キス、して、る?)
どこか現実感を失いながら私はその光景を見つめていた。
多分、数秒か、もしかしたらもっと少ない時間だったかもしれないけど、私にはその何倍にも感じてみているだけだったのに心臓がやけに大きくなる。
「っはぁ…は」
見ているだけの私がいつの間にか息を整え、二人は手をつなぎながら校舎の中へと入っていった。
(こんな……こんな………)
いけないことだと言いたい私はなぜか、心の中でもそれが言えず
(……あの方向なら)
二人が入ってくるであろう場所に足を向けてしまうのだった。
(……いた)
二階から一階へと降りる階段で私は中庭から入ってきた二人を発見する。
(……………)
そんな二人がいきなり手をつないでいるのを見てさっそく私は複雑な気分にさせられる。
(……やっぱり、恋人ってこういうものなのかしら)
ただ、その中で胸が高揚しているのは確かだった。
「……………」
自然とせつな先輩の手のぬくもりを思い出していた私は二人が歩き出したのを境にその後をつけていく。
(………なにしてるんだか)
と、さっそく思いはするものの、二人の、恋人同士である二人のことが気にしてしまうという気持ちは思いのほか大きい。
多分、それはときなさんがせつな先輩のお姉さんだからというのも関係しているのだと思う。
(にしても………)
さっき中庭にいるのを見ていたのとは違って距離も近いから声も聞こえてくるけど、
「ちょ、ちょっとときなってば」
桜坂先生はさっきからときなさんに振り回されっぱなしだ。
「ふぅ、絵梨子ちょっとは落ち着いてよ。こっちは懐かしさに浸ってるっていうのに」
「で、でもあんまりそんな……うろちょろすると、誰かに見つかっちゃうし……」
「まぁ、問題よね。絵梨子が部外者を入れたってことになるわけだし」
「だ、だからね……もうちょっと……」
「ふぅ、しょうがないわね。じゃあ、あそこでも行く? 今年も顧問してるって言ってたから鍵あるんでしょ」
「あ、う、うん」
若干緊張したように答える桜坂先生。
(あそこ?)
二人にとって何か特別な場所かしら?
と、それも気にはなったもののここで私が一番印象に残ったのは鍵という単語。
(……わざわざ、カギのかかる場所に?)
心なしかさらに動悸がするのを感じながら私は二人の後をついて行った。
ガララ、と静かにドアを開けて二人が入っていったのは
(生徒会室?)
ガチャン。
(あ…………)
カギを閉められてしまったらしい。
「……………」
ここまでなんとなく尾行をしてきてしまったけど、さすがにここは中に入るわけにはいいかない。
(……諦めるべき、よね)
それは考えるまでもないことだけど………
(……わざわざ、こんなところ。しかも鍵をかけて………)
どうしてカギをかけなきゃいけないのかなんて考えると………
(っ〜〜〜)
陽菜にあくまで無理やり読まされた本のある場面が思い浮かんで思わず頬を染めた。
(い、いくらなんでもそんなこと)
あるわけないと言い聞かせながら体は反対に生徒会室に向かって行って
(だ、だめよ。何考えてるの!?)
たとえ、【そう】だとしたら、なおさら覗くなんて……というか、犯罪だし。
で、でも、そもそも悪いのは学校でこんなことする二人で………
なんて誰にしているのかわからない言い訳が頭を駆け巡って、気づいた時には窓から生徒会室を覗いてしまっていた。
(っ!!!!??)
そこで私が見たのは
「ん……はぁ……絵梨子」
「ん、あぁ……ときなぁ」
身を寄せ合い、
「ちゅぷ……くちゅ……んぁあ」
口づけを交わす二人の姿だった。
(な、なっ……な、なっ………)
一気に体が熱くなる。
(う、嘘……こんな、学校で……ほんと、に?)
濡れた二人の舌が重なりあう。口の周りが唾液で湿り、一滴垂れた。
(……ごく)
思わず唾を飲み込んでしまう。
「あ、はぁ、もう……ときなってばいきなり」
「ん、ちゅ……ふふ、いきなりだったわりには、一生懸命なキスだったんじゃない。そんなに私とのキスがよかった?」
「だ、だって……」
「なら……」
「あ………」
ときなさんは桜坂先生を机に座らせると
(む、胸……触って……?)
桜坂先生の体が影になってはっきりとはわからないけど……そんな、風に見え……
(ちょ、ちょっと……ここは!)
こんなことする場所じゃなくて……こんなの見てちゃいけなくて……こんなの見なかったことにして、どこか行かなきゃいけないのに。
目が、離せない。
「と、ときな……さ、さすがに……」
「大丈夫よ絵梨子。ちゃんとカギはかけたし」
「そ、それは……そうだけど……」
「まぁ………声が聞こえたり、誰かに覗かれる可能性はあるかもしれないけど」
(え!!??)
ときなさんと、目が……合った。
「たとえばそこの窓のところにいる誰かさんとかに……ね」
それから、にやりと笑って
「え、とき、な……?」
状況が理解できていない桜坂先生にキスをした。
まるで私に見せつけるかのように。
「っ!!」
その瞬間私ははじけたように走っていった。
それを見送ったときなさんが楽しそうな笑いを浮かべているのにも気づかないで。
ときなさんと絵梨子先生の関係性に関しては……ご想像にお任せしますw そのうち絵梨子と呼ぶようになるときの話とかもするかもですけど。