私は人には冷静な人間と思われているらしい。
それは一つの見方としては否定しない。
たぶん私は大抵のことであれば人よりも冷静でいられると思う。
けど、だからと言ってなんにでも緊張しないのかと言われればそんなこともあるわけがない。
「明日、か」
受験日を前に控えた夜、私は部屋の中で一人何もせずにいた。
陽菜も明日に受験を控え、陽菜は会場が遠くということもあって実家に帰っている。
すでに何校かの受験は終え、滑り止めの合格も決めている。普通であれば緊張が和らいでいるものかもしれないがそうもいかない事情がある。
なぜなら明日は本命の、せつなさんと同じ大学の受験なのだから。
これに受からなければ一緒に住めないということではないけれど、やはり同じ大学に行けるのと行けないとじゃ全然違う。
緊張するなという方が無理な話。
(って、こんなんじゃせつなさんに怒られちゃうわね)
一緒の大学に行くということも、一緒に住むということも認めてもらったけどそれでも、せつなさんはこういうところをはっきりさせるタイプだから。
「はぁ……早く寝なきゃいけないのに」
と私はベッドの上で心を乱していると、
「っ!!?」
枕元に置いておいた携帯がなる。
まさかと思って画面を確認すると、今頭に思い浮かべた相手で慌てて通話ボタンを押した。
「は、はい!」
「渚」
耳元で聞こえた今一番話したいと思っていた人の声に不思議と心が少し落ち着いた。
「せつな、さん」
「今、大丈夫?」
「はい、もちろん」
「明日ね」
「え?」
「明日、受験でしょ」
「そう、ですけど、言ってましたっけ?」
「ううん、でも自分の大学の受験日くらい知ってるにきまってるじゃない」
「あ……」
言われればそうだ。この天原でも受験日には在校生が来てはいけないとお達しが出る。
「……緊張してる?」
あっさりと心を見透かされる。
「……当然じゃないですか。受験を前に緊張しない受験生がいたら教えてほしいものです」
「ふふ、渚らしい言い方ね」
嘘をつかずに本音を隠した私をせつなさんは茶化すように言う。それはなんだか軽く頭を撫でられているようなそんな気持ちのする声だった。
「渚、私に貴女の緊張は解けないし、本当の意味で貴女の緊張を理解することもできないわ。貴女と私が感じてるプレッシャーも違うでしょうから」
「それは……まぁ、そうでしょうね」
せつなさんは今の大学が本命ではあったけど、そもそも私が緊張しているのは本命の大学だからということじゃなくてせつなさんの通っている大学だからということだもの。本人には言えないけれど、その緊張をせつなさんにわかってもらうのは無理な話。
「だから、一つだけ」
せつなさんは余裕のある声で少し弾んだ声を出した。
「一つ?」
意図が分からずに首をかしげる私。
「合格したら一つだけ渚のお願い聞いてあげる」
(………へぇ)
その発言はうれしくはあったのだけどなんというか……それ以上に感心した気分になった。
(せつなさんがこういうこと言うんだ)
自分のことを棚にあげるけどせつなさんも不器用な人。年上としての余裕とか、引っ張ってくれる姿勢を見せてくれたりはするけど、なんというか漫画とか小説のようにとはいかない人だったから。
「…………なぎさ?」
(せつなさんなりの努力をしてくれた、ということかしら?)
私の反応がないせいか少し不安そうな声をあげるせつなさん。
「ふふ」
「? なんで笑うのよ」
「いーえ、ご褒美のためにも頑張りますね」
こんな単純な手に引っかかったというより、こんなことをしてくれるせつなさんのことがかわいくて私はいつの間にか自然と笑みを浮かべながらそう返していた。
「そうなさい。頑張ってね、渚」
「はい」
短な通話を終えケータイを置く。
「ご褒美、か」
その言葉を反芻し
「よく眠れそう」
と、すでに未来を思考を向けてベッドに入っていくのだった。