朝比奈ときな先輩。
私の二つ上の先輩にしてせつなさんのお姉さん。せつなさんからはあまりときなさんの話を聞いたことはないけれど、元々お姉さんを追ってこの学校に来たというし、せつなさんがとても大切に想っている人だというのは察している。
私にとっては恋人のお姉さんであるけれど実はあまり話したことはない。一年生の当時は憧れの先輩として有名だったらしいけれど私はあまりそういうことには興味がなかったしそもそも一年生の初めの頃にはすでに私はせつなさんを想っていた。
「あの、何かご用でしょうか?」
私は突然のことに戸惑いながらもときなさんを改めて見つめた。
こうしてみるとやっぱりせつなさんに似ている。整った顔立ちや、如実に性別を物語る体型だったり。
(せつなさんもではあるけれど改めて比べると……)
少し、悲しくなる。
まぁそれほど気にしているわけではないけれど。
今気にしなくてはいけないのはこの人の思惑。
「水谷さんと話しがしたかったの」
ふっくらとした唇から私の名前が紡ぎだされて、どことなくドキドキとしてしまう。
ただ今はそれよりも、私と話しがしたいという理由にせつなさんのことを想わずにはいられない。
「せつなと喧嘩してるんでしょ?」
「……っ」
ドキリと胸が跳ねて、少し痛んだ。
理由ははっきりしないけれど焦りのような感覚にいやな汗をかく。
「まぁ、とりあえずこんなところで話ことでもないし貴女の部屋にお邪魔させてもらってもいい?」
「はい…」
歯切れ悪く答え、私は寮の入っていくとときなさんと並びながら自室を目指していく。
途中懐かしいわねなんて言うときなさんは混乱している私とは対照的に単に想い出にひたっているだけのように見えて私の緊張は杞憂なのかとは思えなくもないけれど、わざわざ会いに来たということにはなんらかの意図を感じて、冷静にはなれない。
「心配しなくても別れろとか言いに来たわけじゃないわ」
「え?」
「なんだか不安そうな顔してたから」
顔に出てたのかと、今度はそれが恥ずかしく感じてしまう。
「わざわざせつなが私に泣きついてきたわけでもない。たまたまあの子に会いに言ったら元気がなくて理由を聞いたら貴女とのことを聞いたってわけ」
「それだけで……ここまで来たんですか?」
妹を心配する気持ちはわからないでもないけど、さすがにそれだけでここまで来る理由にはならないと思うけれど。
と疑問に思っているとときなさんは不敵に笑って
「まぁ、ついでよ。どっちがとは言わないけどね」
(あぁ……)
とその一言で察した。桜坂先生との関係は知っているから。それは別にせつなさんのお姉さんだからということではなくて、学校でも有名な話だから。
一応の得心をしながら部屋に着くとちょうど陽菜はいなくて、私たちはテーブルを挟んで向きあった。
「あの、せつなさんは……その」
「どんな感じかってこと?」
「……はい」
「そうね。一言でいうならとにかく落ち込んでいるわね。貴女にきついことを言っちゃったって」
その言葉に私は目を伏せる。今の気持ちをうまく表現はできないけれど気まずさだけははっきりと感じている。
「私は水谷さんのしてることが間違ってるとは思わないけどね」
「え?」
「私だって今の大学を選んだ理由は絵梨子が通ってた大学だからっていうのはある。好きな人と同じ場所で同じものを見たいと思うそれは何にもおかしなことじゃないって思うわ。そりゃ、それだけが目的なら問題かもしれないけどそういうわけじゃないでしょう」
「はい……」
「あの子だってそのくらいわかってるわ。でも……」
と、少し間を置きながらときなさんは懐かしがるような、寂しがるような不思議な表情をした。その言いしえない魅力を感じる表情に私はせつなさんのことを思い出す。
せつなさんが友原先輩を想う時にこんな顔をしていた気がする。
姉妹であることを感じさせる顔に私は思わず見惚れてしまった。
「あの子にはあの子の言い分もあるわ」
「はい……?」
それは少し妙な言い回しだった。信念とか、考え方ということではなくて明確な理由がを思わせる言い方。
「……勝手には話すのはよくないのかもしれないけれど」
と、ときなさんは真剣な表情となって、細めた瞳で私の心を訴えるように言った。
「せつなは、そういうことをした経験があるの」
そういう、というのはここでは自分の将来やしたいことではなく誰かのために学校を選んだということだろうか。
「あの子は、私を追ってこの学校に来たの。詳しくは私から言うことじゃないけど、せつなはそのことで苦しんだ。……涼香ちゃんのことは関係なしにね」
「……………」
「結果的に貴女に会えたんだから今は後悔しているなんてことはないだろうけど。でもやっぱりそういう経験があるってことが貴女にきついことを言ってしまった原因だと思う。ふふ、本当は貴女一緒にいられることが嬉しいはずなのにね。だから、せつなのことを許してあげて欲しいの」
「許すも何も、怒っているというわけではないですが……」
そう歯切れ悪くは応えたものの、頭の中ではもう得心していた。
やはりせつなさんはせつなさんだった。自分の欲求のことだけではなくきちんと私のことを想ってくれての言葉。
「でも、ありがとうございました」
「お礼を言われるようなことじゃないわ。私が勝手に来ただけなだもの。けど、気持ちが落ち着いたら電話でもしてあげて」
「はい」
「あ、でもなるべく早くしてあげた方がいいわね。貴女の思ってるよりも落ち込んでるから」
「すぐにでも。せつなさんが落ち込んでいるのは私も耐えられませんから」
「ふふ、そう。ありがとう」
せつなさんへの想いを込めた言葉に、ときなさんは柔らかく笑った。
(あ………)
それは私の好きな人と同じような笑い方。私の好きな優しい笑顔。
(本当にいいお姉さん)
せつなさんがお姉さんを好きなことは知っていたけれど、さすがせつなさんのお姉さんだと妙に納得してしまう。
ときなさんの笑顔に私はせつなさんのことを思い出しながらそう思っていた。