結局長時間となってしまった電話を終えて私は浮かれながら部屋へと戻っていく。
(はしゃいでるわね)
なんだか足元すらふらふらとしているような気分で現実感すら薄れている。それほどに私は今浮かれている。
大学に合格する自信はあったけれど、せつなさんとどうなるかは未確定だったから。はっきり一緒に住むことを伝えることで、卒業後の未来にはっきりとした希望を持つことができた。
(………卒業、か)
ふと頭をよぎった単語に私は足を緩める。
不安になったというわけではない。ただ……なんといえばいいのか……たった二文字の言葉を思い浮かべた瞬間に私の中に何かが広がるような感覚があった。
三年をこの寮で過ごしてきた。
初めは来ることすら拒絶していた。まず、陽菜に出会ってせつなさんと出会って、せつなさんを好きになって初めて恋をして、生まれて初めての告白をして、付き合い始めたのが一年の時。
二年の時、恋人としてせつなさんと過ごした一年。ゆっくりながらも二人で関係を進めていった。
今年。せつなさんがいなくなった寮で初めて過ごす一年。先輩でなくなったせつなさんを、せつなさんと呼ぶようになって、ほとんど会えていないけれど遠く感じることはなくて、やっぱり普通の恋人とは違う速度かもしれないけれど本当に少しずつ私たちは前に進んでいった。
そして、私は後数か月で
(………卒業をする)
この学校に、この寮に別れを告げる。
嫌々来た学校で、出会った親友、恋人。
これまでの人生の五分の一を過ごした程度なのに、私にとって最も価値のある数年だった。
その時間がもうすぐ終わってしまう。
(……………………)
寂しいと感じることは多分正常なんだろうけど、それだけではなくて不思議な感覚。
その感覚を表す言葉は持っていないけれど少なくても悪い気分ではなくて、その感覚を頭の隅に追いやったまま
「ただいま、陽菜」
「あ、なぎちゃんおかえりー。なんか嬉しそうだね」
「ん、それがね」
今は残り少ない親友との時間を楽しむことにした。
その日絵梨子は不満だった。
数時間前にはいきなりときなから今日は何が食べたいかという、突然のことながらも恋人の来訪を知って浮かれ、意気揚々と部屋に帰ってきていた。
久しぶりに会う恋人のエプロン姿に笑みを浮かべ、豪勢に並べられた手料理に目を輝かせた。
そこまではよかった。
問題は一緒に夕食を取っているときの事。
当然ながらときなが来た理由を問うたわけだが
「渚に用があってきたからついでに絵梨子にも会いに来てあげたのよ」
当初それを冗談や照れ隠しのように思ったが、ときなの話は夕食時も一緒に片づけをしているときも、その後二人で食後のお茶を飲んでいるときも私の中心は終始渚やせつなのことで、しかもそれを嬉しそうに話すものだから恋人の立場としては面白くない。
「そんなに二人のことばっかり言われるのが気になる?」
ベッドを背もたれにしてときなの淹れたお茶を飲んでいた絵梨子はいきなり心を見透かされたような言葉を投げかけられ狼狽する。
「そ、そういうわけじゃ……」
完全にときなの言うとおりなのだが恋人の妹とその恋人に対して嫉妬をするというのは大人としてあまり格好良くはないと自覚し咄嗟に言い訳をするが
「顔に出てるわよ」
「う………」
「まぁ、今日は大目に見なさいよ。こんなにいい気分になれるのはめったにないんだから」
ときなは本当に嬉しそうな表情でそう言った。
(……?)
一方絵梨子はいまいちその意味が分からない。話を聞くに渚とせつなの仲直りに一役買ったというのはわかるがそれがそこまで嬉しいものだろうか。
「やっぱり私はあの子のことが大好きなのよね」
「あの子って……せつなちゃん?」
「そう、あの子の力になれることが嬉しい。あの子が幸せでいてくれることが嬉しい」
「あ………」
その言葉に絵梨子は三年前のことを思い出していた。
あれはときなが二年生の頃の夏休み、涼香とせつなが仲違いをしてときなが今回のように遠方からやってきたことがあった。
(……やっぱり、ときなはときなね)
大切な人のために労を惜しまず力になることができる。
絵梨子は胸を熱くしてときなへと頭を傾けこつんとぶつける。
「たった一人の妹さんだものね」
自分の恋人はこんなにも素敵な相手であることが誇らしくて絵梨子も微笑んだ。
ときなもまた絵梨子へと体重を返しながらそうねと頷き、それからでもねと続けた。
「たった一人、じゃなくなるかもしれないわよ」
「えっ!? そ、それって」
「まぁ、それはあの子たちが決めることだけど」
「そ、そうね。うん、でもそうなったら素敵よね」
「えぇ……」
二人で歩むにしても様々な道がある。その中で何を選ぶかは当人たち次第で、身内とて口を出すことではないだろう。
しかし、ときなの……いや、自分たちの妹になる道を二人が選ぶのであればそれは自分たちのとってもとても喜ばしいことのような気がした。
ただ、それと同時に恋人としての自負のようなものが心から顔を出す。
「でも私のことも忘れちゃ嫌よ」
絵梨子は少し拗ねながらそう言って
「わかってるわよ」
ときなが若干呆れながらも嬉しそうに答えて。二人とも飲み物をテーブルに置くと
「……っ」
ようやく恋人としての時間を過ごすことができるのだった。