私立天原女学院。

 それが私が三年間を過ごした学校の名前。

 創立は古く、当時は女子の進学校としては有名で地方からも多くの生徒を受け入れていて、その生徒たちのために寮を建てたらしい。

 当時は満員になるくらいの人が集まったらしいけれど、時代も変わり女子の進学校もそこかしこに出来て、遠くからわざわざ通うっていう人は多くはない。

 ちなみに私はその遠くからわざわざ通う人間の一人。

 もっともそれは珍しいことじゃない。地元の人間が自立とか、本人の希望とかで入ることもあるけれど、寮には遠くから来ている人間の方が多い。

 そこには様々な理由がある。

 例えば、家に居場所がなかったり、妹から離れるためだったり、姉を追いかけるためだったり、二人の時間が欲しかったり、当たり前だけれど一人ひとり理由がある。

 中でも多いのは、親に進められたということだと思う。

 私も、ルームメイトの陽菜もそのうちの一人。

 一重に親に薦められたといってもそこには大きな違いはあるけれど。

 陽菜は母親からこの寮のことを聞かされていて、子供のころから通うことを楽しみにしていたらしい。

 私もきっかけは母親に当時のことを聞かされていたクチではあるけど思っていたのは陽菜とはまるで逆のこと。

 なんでわざわざ遠くの学校に行って慣れ親しんだ地元を離れて、新天地で何もかも一から始めなきゃいけないのかまるで理解できなかった。

 それでも親の言うことを邪見にもできずに三年間我慢して、大学になったら好きなことをさせてもらうという約束でやってきた。

 何も期待をしないでやってきたこの場所。

 けれど、今は心から大切な場所だって言える。

 それを思わせてくれるのは主に二人の大切な人のおかげ。

 一人は、陽菜だ。かけがえのない私の親友。

 陽菜と出会えてなければ、今の私はなかったって断言できる。陽菜がいてくれたから私はこの学校に来てよかったって思えるようになった。

 だから、陽菜には心から感謝している。

 もう一人は、言うまでもなくせつなさん。

 この世界でもっとも大切な人。

 私の恋人。

 一生を共に過ごしたいとそう思える人。

 陽菜がこの学校に来た事に意味を持たせてくれた人なら、せつなさんはこの人と出会うためにこの学校に来たって、ううんそのために生まれてきたんだって言えるくらいに大切な、本当に心から大好きな人。

 そんな二人と出会わせてくれたのがこの天原女学院。

 嫌だったはずなのに、何も期待をしていなかったはずなのに、卒業後はせつなさんと一緒に住むことだって決まっているのに。

 それでも………

 卒業することがこんなにも寂しいって思うなんて思わなかった。

 

 

 その日はいつもより早く目が覚めた。

 起き抜けの頭に靄がかかったような感覚もなく意識をはっきりと覚醒させた私は着替えをする前に窓辺によって窓を開ける。

「んっ……」

 三月とはいえ、上旬でもありひんやりとした空気が部屋の中に入ってくる。

 朝の静謐な香り。気のせいかもしれないけれど、なんとなく早朝というのは独特の空気があってそれを感じるのは好き。

「いい天気」

 そよ風が頬を撫でる中私は真っ青な空を見上げてつぶやく。

 陽光を受けて青々と輝く木々、風に揺れ葉がこすれる音が心地よく耳に響く。遠くからは車の音。視線を遠くにやれば木々の間から学院の校舎が見える。

 それは見慣れたはずの風景であり、聞きなれたはずの音。

 平凡極まりないいつもの世界。

(なんだか……)

 綺麗という言葉を続けそうになったけれど、そんな単純な感想ではない様な気がして言葉をとどめる。

 人間が見ている景色は所詮、心を表している。何でもないはずの景色を綺麗と感じるのは私の心が、綺麗な世界を見つめることが出来ているから。

 それを言葉にするのは無粋に思えた。

(着替えなきゃいけないんだけど……)

 代わりに私は窓の外から視線を部屋の中に持っていく。

 壁際にかけてある水色のワンピース型の制服。腰のリボンはまるでしっぽのようで最初は少し恥ずかしいと思っていたけどそれでもこれも特別。

 感傷的な朝、確かに今日は卒業式だけれど今日でこの寮を去るわけじゃない。明日もこの部屋で朝を迎えるし、制服に袖を通す時だってあるはず。それでも、

(……感傷的になるわよ)

 一つの大きな区切りを迎えるんだから。

「なぎちゃん? もう起きてるの?」

 自分の世界に入っていた私の耳にベッドの方からルームメイトの声が響く。

「おはよう、陽菜。うん、なんだか早く起きた」

「そっか。卒業式だもんね」

「そういうこと」

 理屈の通っているような通っていないような会話。それでも今の私たちには十分で、陽菜はベッドから降りると私の隣にやってきて一緒に外を眺めた。

「……卒業、なんだね」

「……えぇ」

 言葉は少ない。今の気持ちをどう表現していいかわからないから。でも、寂しさと名残惜しさを共有する。今はそれだけで十分な気がした。

 そんな卒業式の朝だった。

卒業2

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