それからいつものように着替えて、食堂で朝ごはんを食べた。

 いつもと同じだけれど言葉や、仕草、行動の端々に切なさが宿る。私だけでなく寂しさを感じているのはみんな同じだから。

 卒業する三年生はもちろん、在校生も一年以上を一緒に過ごした先輩がいなくなることを寂しく思わないわけはない。

 ごはんのあとは最後に身支度を整えて登校する。

 陽菜と歩く通学路。

 普段は交通量の少ない道だけれど、卒業式の関係で多くの車が通っていく。

 青々とした並木道。三年前入学した時には満開の桜だったななんていうことを陽菜と話しながら数分の道をゆっくりと歩いていく。

 それでも十分もしないで校門前まで来てしまう。

 そこにあるのは独特な光景。

 私たちはもちろん、先生や付き添いの親御さんも含めてみんなかしこまった正装。いつもは友達感覚で生徒にからかわれたりする若い先生もこの日にはスーツを着込み、大人に見える。

「絵梨ちゃんのこういう時はかっこよく見えるよね」

 同じことを思っている陽菜に「そうね」頷こうと、桜坂先生の方を見ると

「え………?」

 予想外のことに一瞬思考が停止したけれど私は速足になると、桜坂先生の隣にいた人に向かっていく。

「渚。おはよう」

 そこにいたのは私の大切な人。感じのいい笑顔と、さわやかな声で私を迎えてくれた。

「お、はよう、ございます。せつな、さん」

 ついでに挨拶をしてきた桜坂先生におはようございますとは返すけれど、私の意識はすでにせつなさんだけに向いてしまう。

「あの、こんなに早く来てくれたんですか?」

「ん。確かに式には出られないけど、でも朝から渚と会いたかったから」

「っ……」

 寒さに赤くした頬でせつなさんは優しく微笑んでくれた。それに、こんな風に言ってくれることがとても嬉しくて

「な、なら、こんなところで待ってないで寮に来てくれればよかったじゃないですか」

 なぜか照れ隠しをしてしまった。

「部外者がいきなり尋ねるわけにもいかないでしょ」

「それは、そうかもしれませんが」

「それに、渚が喜ぶ顔が見たかったから」

「っ……驚きはしました、けど。喜んだってわけじゃない、です」

「私を見つけてくれたとき笑顔になったのくらいちゃんとわかるわよ」

「……かないませんね」

 否定はできない。そもそも当たり前じゃない。恋人に会えてうれしくならないわけがないんだから。

 その後は何でもない会話をした。昨日は桜坂先生の家に泊めてもらったとか、卒業後の旅行の話とか。そんな今はなさなくてもいいような、けど会えば話はとまらなくなるのは自然な流れ。

「こーら、二人とも。会えてうれしいのはわかるけど、そろそろ教室に行きなさい」

 このままいつまでも話が尽きないところだったけれど桜坂先生に制された。

 数時間後には式は終わるのだし、そのあとは一緒に住むのに一度話出せばそれを終えるのには名残惜しさを感じんだから……少し恥ずかしくて、嬉しい。

 それも予期せぬ遭遇にハイになった結果かもしれないけれど、やはりせつなさんの気持ちが嬉しくて私は笑顔で教室に向かっていくのだった。

 

 

 古めかしい講堂で厳かな雰囲気の中、卒業式は滞りなく進んでいく。お世話になった先生の話はともかく来賓の話なんかは興味もないけれど、卒業を意識させる話には胸が切なくなっていく。

(なかなか見れない光景よね)

 寂しさは去来するものの、私は自分の中にある冷めた一面がそう思わせていた。同じ制服に身を包んだ少女たちがみな様々な想いを抱えながらも、三年間を過ごした学び舎の思い出に浸りそしてそこから巣立つことを名残惜しく思っている。

 誰もが別々の経験をしてきたのに、ほとんどの人が同じ思いを抱いている。こんなことはもしかしたらこれが最後の経験なのかもしれない。

 卒業式自体に思い入れがあるわけじゃない。それでも、時間がゆっくり過ぎていってほしい。

「っ……ひく……」

 そんなことを考えていても時の流れが変わるわけもなく、式は進んでいく。

 送辞や答辞にまで来てしまうと、そこかしこからすすり泣く声が聞こえてきた。すすんで泣きたいと思っていたわけじゃないだろう。

 けれど、心の中にある涙を貯める器が勝手に溢れていく。

「…ひっく……ひぐ……」

 数分前には数人だったその声が連鎖反応を起こすかのように感情が周りに伝播していき心を揺らしていく。

「ぅ、く……っ」

 隣を見ると陽菜が大粒の涙を流していた。

(何を、思っているのかしら)

 誰にも涙を流す理由がある。それがどこから来ているかは人の心が読めでもしなければわからない。

 わかる必要はない。ただ、その気持ちを受け入れてあげればいい。同じ気持ちを示してあげればいい。

「陽菜」

 私は小声で陽菜のことを呼ぶと膝の上に載せている手を取った。

 緊張しているのか少し冷たく震える小さな手。私を最初に救ってくれた手。

「なぎちゃん……」

 赤くした目で陽菜は私を見返すと、ぎゅっと手を握り返された。

「……………」

 やり取りはそれだけでなんだか陽菜と心がつながった気がした。

(……陽菜……)

 陽菜に伝える言葉があるとしたら、なんだろうか。いろんな言葉があるけれど、ありがとう以外にはないんでしょうね。

 陽菜がいてくれたから私はこの学校に来てよかったって思えたのよ。貴女がいなかったらせつなさんと恋人になることもなかった。

 いつも私と一緒にいてくれた。くじけそうな時、迷っている時、陽菜はいつでも私を支えてくれた。私も陽菜を支えた。

 互いに寄り添いながら私たちは歩いてきた。

 これから先は別々の道を歩むことになる。

 それでも、三年間でつないだ心が離れるわけじゃない。いつでも私は陽菜を、陽菜は私のことを支えてくれるって信じている。

 だから、寂しいけれど寂しくはないわ。

(本当にそう思ってはいるのに)

 名状し難い寂しさが胸の奥からあふれて止まらなくなる。

 一度感じた寂寥すぐに体を支配して、瞳の裏には数々の思い出が浮かぶ。

 初めて寮に来たころ、陽菜と友達になっていった頃のこと、せつなさんのことを苦々しく思っていたこと。

 そんな始まりの思い出から、三年間が頭の中に溢れていく。せつなさんや陽菜のことだけじゃなくて、友達、先生、様々な行事。楽しかったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、辛かったこと。

 それは人生で一番輝いていた三年間。そこれから先も自分の中で色あせることのない記憶。

 それらがひとまとめの【過去】なってしまう。

 そのことがやはりたまらなく寂しくて、

(…………涙はせつなさんのために取っておこうと思ったんだけど)

 気づけば私も陽菜と同じように涙を流していた。

 

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