それは私がせつなさんの部屋に住み始めてから少しした後の頃。
私とせつなさんは同じ部屋で床に就いていて、でもさすがにいつも一緒のベッドに寝ているというわけではなく、基本的にはせつなさんのベッドの隣に布団を敷いている。
お付き合いをしているとは言ってもまだまだ一緒に寝ることには嬉しい以上に抵抗のある私にはそれがまだふさわしい距離感だった。
そんなある日のこと、夜を迎えた部屋の中で私たちは布団を敷いた後に隣のテーブルでせつなさんの入れてくれた紅茶を飲んでいた。
せつなさんの紅茶は相変わらずいい香りを立ててくれて、これから眠りに入る私たちをリラックスさせてくれる。
それが私達の日課なのだけど、日課だからといってすべてがいつも通りになるわけではなくて
「あっ!」
香りと味を楽しみながら紅茶を口にしていた私は取っ手を持つ手を滑らせて
バチャ!
嫌な音を立てて紅茶が下へと落ち、近くにあった私の布団に鮮やかな色を付けてしまう。
「ぅ………」
「あらら、やっちゃったわね」
落ち込む私にせつなさんはおどけた様子でそんな風に言って、私は濡れなかったかと確認してくる。
「……はい」
そこまで重大なことをしでかしてしまったわけでないのはわかってはいるけれど、してしまった私としてはすぐに気持ちを切り替えるというわけには行かず目を伏せながらそう答える。
落ち込みながらもせつなさんに手伝ってもらって布団やカップの後片付けをしていく。
その時にはまだこれからのことに気づいていなかったけれど
「仕方ないから今日は一緒に寝ましょうか」
「え?」
せつなさんの考えれば当然ともいえるせつなさんの言葉に固まってしまう。
「だって、そうするしかないでしょ。渚の布団は今片づけちゃったんだし」
「それは、そう……ですが」
そう、そのことは何もおかしなことじゃない。別にこれまでだって何度かしてきているしそこまで意識することじゃないはず。
でも、なんだかとても恥ずかしく思えている私がいた。
◆
そしてその時間。
(う、ぁ……)
深夜になって私はせつなさんと同じベッドでせつなさんと触れ合いそうなほどすぐそばで横になっている。
薄いあかりの中せつなさんの姿が見える。
せつなさんの髪、顔、首筋、鎖骨。女性を感じさせる香り、触れずとも感じられる体温。
(なん、で……こん、な)
これまでだって体感してきたはずのものに体を熱くしている自分がいる。
それも今まで感じたことのないような熱。
少し手を伸ばせばそこにあるせつなさんの体が今までと別のものに見える。
閉じられている瞳も、すべすべとした頬も、
「……んくっ」
唇、も。細い首筋も。すべてが知っているはずなのに未知のもののように思えて私を誘っているかのように見える。
(誘うって……何?)
体を駆ける衝動に戸惑う私は自分の中に芽生えた感情を持て余し頭を混乱させる。
何時だったか、ときなさんたちと旅行に行ったときに感じたようなそんな熱にうなされたような感覚。
考えて、というよりも何か別の理由でせつなさんに触れたくなっておさまりがつかなくなるような不安と好奇心。
「せつなさんって……こんなに……」
綺麗、とかそういった類の言葉が浮かんだけど本当に今の気持ちを表現する言葉にはなっていない気がして声には出なかった。
私の中に渦巻く強く大きな感情を表現する言葉は私にはない。
いや、あるようなないような。知っているような気もするけれど、うまく探せないようなもどかしさ。
手を伸ばせば届くのに今までその感情を気づかないようにしてきたようなそんな感覚。
「……どうし、よう」
体の奥が熱い。何をどうしたいのか、よくわからない。ただ体の奥で何かが疼いてその熱を解放したいと思っている私がいる。
「ん……は、ぁ」
その欲望に導かれるままに私はせつなさんへと手を伸ばすと
「っ…!!?」
伸ばした手がせつなさんの体に触れたとたん、なんだかとてもいけないことをしているような気持になり反射的に手を引いてしまう。
「ぅ……ん、っん。はぁ……ぁ」
知らず知らずのうちに呼吸が乱れる。
「私………何して……んっ…」
制御できない感情に振り回され私は頭の中がぐちゃぐちゃになって涙すら浮かべてしまう。
「………せつな、さん……」
そして私はまだこの夜は芽生えた感情に翻弄されるだけ何もできないまま時間が過ぎていった。