(昨日のはなんだったんだろう)

 翌日になって私はずっとそのことに頭を悩ませていた。

 昨夜は体を未知の熱情に焼かれながら過ごし、眠ることができたのは空が明るくなってきたからだった。

 正直、頭に靄でもかかったようでまともに考えられないけれどそれでも心に強烈に残った感情が私を悩ませる。

「……ぎ、ちゃん」

(あんな気持ち初めて)

 体の内側から激しい何かが私の中を駆け巡り強烈に私を刺激した。

 うまく言葉にできないけれど、体の中で何かが燃えているようなそんなじりじりとしたあやふやで危うい感覚。

 今まで同じようなことを感じたことがなかったわけではないけれど、何故か昨日はそれをこれまでよりも圧倒的に強く感じてしまって、煩悶とした時間を過ごした。

「なぎちゃんてば」 

 昨日の夜だけじゃなくて朝だってまともでいられなかった。せつなさんの顔を、唇を、声を、香りを、すべてをこれまで以上に意識してしまってドキドキと胸の高鳴りは収まらなかった。

(……帰ったらどんな顔すれば……)

「なーぎーちゃん」

 頭の中をせつなさんでいっぱいにしていた私の頬を小さな手が引っ張った。

 その感覚にようやく今日デートをしている相手に意識を戻す。

「いきなり何よ、陽菜ってば」

 急に人のほっぺを引っ張るなんて非常識だ。

「さっきからずっと読んでたんだけど……なぎちゃんってば今日ずっとぼーっとしてるんだもん」

「む……」

 言われてみるとその通りだということを思い出す。

 久しぶりに陽菜と会い、近況報告を兼ねて喫茶店に来たのだけれど注文したケーキセットはほとんど手が付けられていない。

「もう、なぎちゃんって昔からたまにそうなるよね」

「昔って……」

 陽菜との付き合いもまだ四年目でしかないけれど、でも関係の途切れていない友人の中じゃ陽菜が一番付き合いが長く、また私のことをある意味恋人であるせつなさん以上に知っていると言ってもいいかもしれない。

「……悪かったわ」

 確かに久しぶりにあった親友の目の前で別のことを考えるというのは礼を失する。

 陽菜とは大学も違い、頻繁に会えるというわけではないのに。

「わかってくれればいいけど、でもほんとになぎちゃんどうしたの? 今日はずっと変だよ?」

 対面に座る陽菜が首をかしげながら少し上目遣いに見てくる。

(……やっぱりこういうところ可愛い)

 何度も見てきた表情だけれど、私にはない小動物的な可愛らしさがある。

「何か悩みなら聞くよ?」

「悩みっていうか……」

 でも、悩みではあるか。

 こんなこと陽菜以外になら話そうとも思えないけれど。陽菜なら

「実は……」

 と私は昨夜の正体不明の気持ちについて陽菜に話をしだした。

「ふむふむ」

 陽菜は最初は神妙に聞いてくれていたのだけれど、

「……へぇ」

 途中から明らかに【面白い】という顔に変化していった。

「なるほどなるほど」

「……陽菜?」

「あ、続けて」

「? うん……?」

 こんなやり取りしながらようやく話し終えると、にやにや表情の陽菜がいる。

「つまりあれだよね。なぎちゃんは、せつな先輩とエッチしたいって思っちゃったってことよね」

「ぶっ!?」

 話疲れて飲んだコーヒーを吐き出しそうになる。

「な、なななな、なに言ってるの!? というかなんでそんなことになるの」

「え、だって、そういうことだよね。せつな先輩と一緒にいたらむらむらしちゃってってことでしょ」

「ちょ、ちょっと陽菜」

 な、なにを言ってるのこの子は。こんな喫茶店の中でそんなっ……信じられない!

「大体せつなさんとそんな……そんな」

 え、エッチ……だなんて……そんなっ!

 ありえないって思うはずなのに、なぜか頭の中にはせつなさんのことが……それもせつなさんの……その……う、うぅ………

「あはは、なぎちゃんってば真っ赤」

「っ、う、うるさい」

 顔が赤くなっていくのがわかる。考えちゃいけないはずのことを思い浮かべちゃってる。

「うんうん、やっぱりこういうところなぎちゃんらしいなぁ」

「………っ」

 馬鹿にされているってわけじゃないだろうけれど面白くはなくて、赤ら顔からムスっとした顔へと変化させると陽菜はそれに敏感に気付いた。

「あはは、ごめんごめん。もう言わないよ。でも、ほんとなぎちゃんって可愛いなぁ」

「っ……」

 そうして私は一見何も解決しなかった時間を過ごすのだった。  

 

 ◆  

 

「……はぁ」

 夕暮れを前に陽菜と別れ、家に戻った私は早速ため息をついていた。

「まったく陽菜は。何がえ……っちよ」

 陽菜とは喫茶店以降そのことを話題にはしなかったけれど頭に残っているのは間違いなくて、私はそれを否定するためにせつなさんのベッドに座る。

「そんなわけ、ないわよ」

 いつかはとは思ってるけれど、そのいつかは今じゃなくて……だからそんな風になんて考えてなんかないんだから。

 頭の中で繰り返される陽菜の言葉に反発するために私はベッドへと体を倒す。

 けだるい体と頭にはその感覚が心地よく感じる中、

「せつなさんの香りがする……」

 それを思った私はシーツや枕に染み付く好きな人の残り香を吸い込むと

「っ…!」

 急に体が燃え上がるように熱くなる。昨日せつなさんの隣で眠っていたときからくすぶっていた火がふとしたきっかけで再び激しく燃えていくのを感じる。

「こ、れは……ちが」

 その瞬間私はあることを理解する。昨日私を襲っていた情動について。

 体の芯が熱くなり、せつなさんを求めるように疼いている。

 愛の証ともいえるかもしれないけれど、それを頭では理解しても共感はできなく避け続けていた感情。

 私は

(せつなさんに欲情してなんか……)

 ないってつい数時間前には否定していたのに。

 陽菜に指摘されて気持ちの正体を知ってしまったたことと、好きな人の香りと具体的に思いだせる昨夜の感覚に

「っ……」

 タガが外れたようにそのことを意識してしまう。

「あ、ぅ…」

 瞳の裏に浮かぶせつなさんの幻影が、意識すると一層強く感じるせつなさんの香りが私を強烈に誘い、私は自らを抱くように身を縮こませた。

 自分の中に芽生えた劣情。それはこれまで私が自覚しようとしてこなかった、私にとって理解不能だったはずの感情。

 一度意識してしまったらそれを無視するなんていうこと私にはできなくて

「こ、ん、なの……」

 いけないと思う自分がいるはずなのに体は初めての感情に支配され私は手を自らの身体へと伸ばしていった。  

 

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