圧倒的な罪悪感と虚無感に苛まれながらベッドの上で涙を流していたわたしだけれどかれるほどの涙が流れることはなく、しばらくすると起き上がって無感情に、無表情に、無言でせつなさんのベッドのシーツを替えた。

 汚してしまったとか、皺になっているからっていうわけじゃなくて少しでも行為の記憶を消したくて。

 そんなことをしてもせつなさんを思い浮かべながら自らを慰めてしまったという事実は消しようがないのだけれど。

 シーツを替えるなんて、子供がおねしょをしたのを隠そうとするのと変わらない行為。

「………………ごめんなさい」

 整えたベッドを見て再び謝罪の言葉をこぼす私。

 本当はいけないことではないのかもしれない。恋人ととしてはおかしなことではないのかもしれない。否定するようなことでもなければ、むしろ今の私とせつなさんの関係性であれば積極的になってもいいことなのかもしれない。

 そのことを否定したり、いけないことだと思うのは真剣に愛し合う恋人たちに対して失礼なのかもしれない。いや、名も知らぬ恋人たちはどうでもいいとしても、私の大切な姉たちの想いすら蔑ろにしてしまうのは自分でも気が引ける。

 だけれど、そんな頭の中の理屈をすべて置き去り私の中にあるのはこれまでで一番の罪悪感のみ。

 せつなさんを自分の浅ましい欲望で汚してしまった気がして今すぐに自分の胸を?きむしりたい気分にすらさせられた。

「……せつなさん」

 呟く恋人の名前にすら痛みを覚えずにはいられない。

 どんな顔をして会えばいいんだろうか。もうすぐ夕飯の時間。今日はせつなさんの当番で、いつもなら二人で夕食を作るのだけれど……

 まともに話せる気がしないわよね。それどころか、顔を見るのすら怖いのが本音。

 でも、会わずにいるなんてことできるわけもなく、私はベッドから逃げるように背を向けると少しでも心を落ち着かせようと最近せつなさんに教わっている紅茶を淹れる。

「………」

 こんな行為にすらせつなさんを思い起こして、複雑な気分になってしまう自分がいるけれど(そもそもせつなさんと連動して考えないことの方が圧倒的に少ないけれど)それでもどうにかそれを誤魔化して落ち着いたふりで紅茶を飲む。

 それからどのくらいか。あまり時間は経っていないはずだけれど、その時がやって来る。

「ただいま」

 と、凜とした声に私は動揺して紅茶をこぼしてしまう。

 落ち着けというのも無理な話で、逃げ場のない今に逸る鼓動に焦りながらテーブルを拭く。

「なんだいるんじゃない渚。おかえりって言ってくれないからどうかしたのかと思った」

 廊下を通ってこちらへとやってきたせつなさんが私を確認してそういった。

「……お帰り、なさい」

 反射的に顔を見たけれど、その瞬間に思わず目を背けたしまった。

(見られない……あんなことしておいてまともに顔を見るなんてできないわよ)

「? えぇ。ただいま」

 せつなさんはまだその程度では私の様子がおかしいということには気づかないのか、そのまま部屋着へと着替えようとするのだけれど。

(っ………!!)

 今更だけど私にとって着替えを見ることや下着姿、もっと言えば裸だって珍しいことじゃない。天原での寮生活をしていた時からせつなさんはもちろんいろんな女の子のそういうところを見てきた。

 私達には今更、こんな程度で動揺するようなことはない。

(はず……なのに)

 まともに見ることが出来ないどころか目を背けても聞こえる音に体が焼かれるような、羞恥を感じてしまう。

 しかも

「ん?」

 部屋の変化に気づいたせつなさんが下着姿のまま着替えの手を止めてしまった。

「渚、ベッドのシーツ替えたの?」

「っ!!?」

 私の過剰な反応は自分の罪を自覚しているからこそだというのは知っている。

 だからこそ

「渚、もしかして……」

 せつなさんの何気ないただの質問に

「ち、違います!!」

 不自然な大声を出してしまった。

「そんな……そんなことしてません!」

「……? そんなって、なんのこと?」

「あっ……」

 しまったと思った時にはすでに遅い。冷静になればシーツを替えたこととあれを結び付けられるはずはないのに私は先走って余計なことを口に出してしまっていた。

「………………」

 せつなさんがどうしたんだろうという目で私を見ている。

 それが私には針の筵に居るかのように居心地が悪い。

 バレている、いないに関係なく謝って楽になりたい気持ちはあれどそんなことを言ったらせつなさんに軽蔑されてしまうかと思うと言えるはずもなくて、私はただ黙って耐えるしかなかった。

「もしかして……」

 っ。反射的に震える体。

「また紅茶でもこぼしたの?」

 それから出てきた言葉に、呆気を取られる、ものの

「は、はい……じ、実はそう、なんです」

 渡りに船の展開に乗る程度の頭は持っていてなんとかそう答えることはできた。

「……そう。渚って意外におっちょこちょいなところあるわよね」

「……すみません」

「別にそういうところも渚の可愛いところだし謝ることじゃないけど……まぁ、シーツ洗うのは面倒だから気を付けてね」

「………はい」

 無事におさまりはしたけれど、ここでもせつなさんをたばかってしまったことに先ほどとは別の罪の意識を感じてしまうのだった。

 もちろん、これが始まりに過ぎないのは考えるまでもないことだったのだけれど……  

 

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