あれだけ強かった日差しがなくなり、うだるような暑さも和らぐ時間。

 窓を開ければ夜の静寂の中、遠くを走る車の音や、虫の声が聞こえる。

 そんな夏休みの夜。

「はぁ〜、夜になっても暑いよねー」

 ルームメイトである陽菜はそう言いながらベッドの上でだるそうに転がる。

「だからって、なんて恰好してるのよ」

「だって、暑いんだもん。いいじゃん、どうせなぎちゃんしかいないんだし」

「そういう問題じゃなくて、はしたないって言ってるのよ」

 今、ベッドにいる陽菜は下着姿だ。お風呂から戻ってきたと思ったらのぼせたとか言い出していきなり脱ぎだした。

 まぁ、下着とブラだけなわけではなく、キャミソール姿だけれど、下着姿には違いない。

「だから、なぎちゃんになら見られても気にしないよ」

「だからそういう問題じゃ……」

 同じ問答を繰り返す私は多少呆れ気味にベッドの陽菜を見つめる。

 うすい青色で花柄の刺繍が可愛らしいキャミソール。陽菜にはこういった可愛いものが似合うので別にこれが悪いとは言わないけれど、何度も言っているように年頃の乙女がこんな恰好をしておくべきではない。

(……それに)

 私は陽菜のある部分に思わず視線を送ってしまう。

(……そういえば、この前寝る時胸が苦しいとか言ってたけど、また……)

 視線が外せないどころか釘付けになる私は、つい目線と同じ箇所に自分の手を当ててしまう。

(別に、うらやましくなんかないわよ)

 そこの感触を確かめたあと吐き捨てるようにつぶやく。

「あのさ、なぎちゃん」

「な、なにかしら」

「私ならいいんだけど、そういうの朝比奈先輩にはやめたほうがいいと思うな」

「なっ、何がよ」

「おっぱい見てくるの」

「っ。そ、そんなこと……」

「なぎちゃんがそういうならいいけど、自覚しないと治んない気もするけどな」

 た、確かに陽菜にこういわれてしまうことは、少なくない。つまりは、そういうことなのだろうけど……

「う、うるさい。いいからパジャマ着なさいよ!」

 それを認めるほど大人になれない私は乱暴に陽菜が脱いだパジャマをたたきつけた。

「はぁい」

 すると今度は以外にも素直に受け取って、パジャマを着る。

「楽しかったからもういいや」

「っ。どういう意味よ、それ」

「ん? なんでもないよ」

「……あっそ」

 面白くはないが、それを聞き出すのはもっと面白くない答えが出てしてしまうそうでこの場は押し黙る。

「大体、明日の準備は終わってるの?」

 もそもそと緩慢にパジャマを着る陽菜に私は言葉を投げかける。

「? 何が?」

「明日帰るんでしょ」

 今は夏休み。ちょうどお盆も近いこともあってこの時期には実家に帰る人間が多く、陽菜もその一人だ。

「あー、うん。大体はね。後は、着替えとか暇つぶしの本とか、宿題とか、小物とかつめれば終わりかな」

「……それ、ほとんど終わってないような気がするのは私だけなのかしら?」

「え? ばれた」

「はぁ、仕方ないわね。手伝ってあげるから今から準備しておきなさい。明日になって慌てて忘れ物するといけないし」

「はぁい」

 私が言ってることが正論であるのはわかる陽菜は面倒くさそうにいうのものの着替えを終えてベッドが抜け出してくる。

「あ、そういえば、なぎちゃん、知ってる?」

「何を?」

 陽菜と並びながら陽菜のお出かけ用のカバンに雑多ものを詰めていっていた私に陽菜はどことなく弾んだ声を出す。

「明日、私がいなくなるとこの階で残ってるの、朝比奈先輩となぎちゃんだけになるらしいよ?」

「へぇ、そうなの?」

 それは初耳だ。確かに今日はやけにこの階が静かだとは思っていたけれど。

「? 陽菜?」

 手が止まったことを不思議に思って陽菜を見た私は思わず首をかしげる。なぜか陽菜は期待はずれといった顔をしていたから。

「どうかした?」

「どうかしたじゃないよ。二人きりなんだよ」

「二人きりって、別に他の階には人がいるじゃない」

「それでも、この階じゃなぎちゃんと朝比奈先輩だけなんだよ」

「それは、そうだけど。それが何よ」

「何じゃないでしょ。せっかく二人きりなんだから、いろいろ頑張らなきゃ」

「頑張るって、例えば?」

「二人きりじゃないとできないことを、だよ」

(……二人きりじゃないと、ね……)

 そう言われてもピンとは来ない。そもそも今だって二人きりになることだってあったし、人がいないからと言って別段特別なことをするとは思えない。

(まぁ、陽菜がいなくなるんだし、一緒にごはん食べたりはするかもしれないけど)

「もぅ、なぎちゃんってば鈍いんだから」

 私が小学生が考えるような思考をしていると陽菜は不満そうにほっぺを膨らませた。

「に、鈍いって何がよ」

「二人きりなんだよ? たとえばおっきな声だしても大丈夫だし、朝比奈先輩の部屋にお泊りに言ったって大丈夫って言ってるの」

「別に、泊まりに行ったことはあるじゃない」

 何回かではあるけど、陽菜と友原先輩に部屋を交換してもらって、朝比奈先輩の部屋に泊まったことはある。

 あれは、確かに楽しかったのは認めるけれど今わざわざそれを言われる理由はわからない。

「だから、そういうことじゃなくて……うーん」

「なによ、言いたいことがあるならはっきりしなさいよ」

「え、えっと……」

「?」

 さっきまで私に不満そうにしながらも楽しそうにしてた陽菜は急に恥じらいを浮かべる。

「直接いうのはさすがに恥ずかしいっていうか、察して欲しかったっていうか……えと……恋人同士がすることで……えっと……」

 明らかに陽菜が顔を赤くしていって、ようやく私は陽菜の言いたいことを察して、

「っ、な、何考えてるのよ!」

 私も同様に顔を赤く染める。

「わ、私たちはそういうのは……」

 考えに出すのすらすごく恥ずかしく感じてしまい私はかぁっと熱くした頬を両手で押さえる。

「でも、もうキスくらいしたでしょ?」

「っ……」

「あ、まだ、だった?」

「わ、悪い!?」

 そう、以前のそういうことに悩んでいた春からそういうことに関しては一切進んでいない。せいぜい二人きりで歩くときは手をつなぐくらいだ。

「ううん、なぎちゃんらしくていいって思うよ」

「……馬鹿に、してるじゃない」

「あはは、してないよ。でも、ほら、だからこそチャンスじゃない」

「チャンス……って?」

 なんとなく意味は分かるつもりだけれど……

「きっかけっていうかさ、せっかく二人きりなんだから。キスとか……」

「っ………」

 こんな、話をされただけで赤くなるのよ。そんなこと、なんて……

「それ以上……とか」

「できるわけないでしょ!」

 と、もし隣の部屋に誰かいたら駆けつけてきてしまいそうな声を上げる私だった。

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