「それじゃ、なぎちゃん。行ってくるね」

「行ってらっしゃい」

 翌日、お昼を食べ終えると陽菜は昨日のうちに用意しておいた荷物を持って寮を出ていく、私はそれを玄関先まで見送り、閑散とした寮の中を歩いていく。

「………………さすがに、静か、ね」

 いつもとてそれほど騒がしくはない建物であるけれど、それでも歩けばどこからか話し声が聞こえてくる。

 だが、今は何も聞こえず私の足音が響くのみ。

 白い壁に囲まれ、まっすぐに伸びた廊下は見飽きたはずなのにどこか幻想的な雰囲気を感じさせる。

 夏の熱さもあいまり、白昼夢でも見そうな風景。

「ふぁ、あ」

 そんな物語にでも登場しそうな空気に似合わないあくびをする。

「………ねむ」

 しょぼしょぼとする目をこすりながら私は自分の階につき、そこにあるロビーのソファに腰を下ろした。

 正直かなり眠くて、部屋でシェスタを決め込みたくもあったが、普段陽菜に行儀悪くするなと言っていたりするので、ご飯を食べた後すぐに昼寝をするというのもはばかられる。

「……………」

 ほんと静か、ね。

 私はぼーっとしながら改めてそれを思う。

 いくらこの階には私のほかにせつな先輩しかいないといっても、まだ十人近い数の人間が寮にはいるはずなのに、物音はほとんど聞こえずまるでこの建物に、いえ、世界に私だけしかいないんじゃという気にすらなった。

(せつな、先輩は……部屋にいるのかしら?)

 そういえば、私は陽菜に言われるまで【二人きり】だと知らなかったけれど、先輩は……知ってる、のかしら? 

(……まぁ、知ってた、としてもそれがどう、というわけでは……ない、けれど……)

 そうよ。陽菜は……からかいもあるん、だろう、けど……あんなこといった、って、せつな先輩はそんな人、じゃない……し。

 何かあるわけ、

(……それとも、恋人、なら……何かあるもの、なの、かしら……)

「……………っ」

 ふかふかなソファの居心地と眠気につい意識をもうろうとさせていた私は、普段はあまり意識しないところに目をやり、それと眠気を振り払うかのように頭を振る。

(……まったく、陽菜が変なこと言うから)

 昨日だってそのせいであんまり眠れなかったし……まったく!

「………そんな、こと、あるわけ……ないじゃない」

 また陽菜に言われたことを頭に思い浮かべてしまった私は、それに声でかき消そうとして

「何がないの?」

「っ!?」

 一気に眠気も、いかがわしい想像も吹き飛ぶ声を聴かされた。

「せつな、先輩……」

 今会いたくも、会いたくもない相手がそこにいた。

「何? そんなに驚いて」

「別に、何でもありません」

 私はさっきまで考えてたことをもあり視線を散らしてせつな先輩を見ない。

「ふーん……渚がそういう態度な時は大抵何か隠してる気もするけど、まぁいいわ」

「っ、何も隠してなど……」

 いや、やめよう。ここであわてたところでせつな先輩の思うつぼだ。

「何か、御用でしょうか」

「用がなくちゃ話しかけちゃいけないの?」

「そういう意味ではありません」

「別に用はない。渚がいたから話しかけただけ」

「そうですか」

「そういえば、月野さんはもう帰ったの?」

(っ……)

「え、えぇ。さっき」

 か、考えすぎなだなんてわかっているけれど……陽菜め!

「そう」

 私が陽菜のせいで余計な勘繰りをしてしまっているとせつな先輩は腕組みをしながら何かを考えるようなしぐさをした。

「よかったら私の部屋でお茶しない?」

「っ……えぇ」

 心ではうろたえているもののそれを一瞬で取り繕う。

(か、考えすぎよ。)

 せつな先輩の部屋でお茶をするなんていつものことだ。よくあることだ。せつな先輩の部屋で二人きりになるなんて珍しいことじゃない。

 それは事実でもあって真実でもあるけれど、この階に二人きりという現実と陽菜の余計な言葉が頭を巡って離れない。

 誘われるまませつな先輩の部屋に行くと、先輩は慣れた手つきで香のよい紅茶を淹れてくれる。

 その間無言ということはないけれど、会話は多くない。

「そういえば」

 カップを手にしたまま、思い出したかのようにつぶやく先輩に私は顔を向け

「今日この階って私たちしかいないらしいわね」

「っーー」

 驚く。思わず、持っていた私ようのカップを揺らして紅茶をこぼしてしまうほどに。

「あ、何してるのよ」

 せつな先輩はそう言ってふきんを私のほうへ持ってきてくれようとするが私はそれどころではなかった。

(な、何はこっちのセリフです!)

 いきなり、二人きりだなんていうから……

「渚?」

(や、やっぱり二人きりっていうの意識してるの、かしら?)

「……もう」

(で、でも先輩は……待ってくれるって言っていたし……っ!?)

 あくまで陽菜のせいでおかしな思考になってしまっている私の手に冷たい、でもよく知っている感触がした。

「ふぅ、まったく何ぼーっとしてるのよ」

「なっ、なにするんですか!」

「何って、渚が自分で拭かないから拭いてあげてるんじゃないの」

 言いながらせつな先輩はその冷たい手に持ったふきんで紅茶をこぼした手とテーブルを丹念にふき取っていく。

「これでいいわね。というか、やけどしてないの?」

「だ、大丈夫、です」

 い、いきなり触ったりしてくるから何かと思ったけれど、せつな先輩がそんなことしてくるわけ、ないわよね。

「ふぅん。ならよかったけど。ところで、渚」

 そう、せつな先輩は陽菜の考えるようなことをする人じゃない。だから、二人きりなことを意識する必要は

「せっかく二人きりなんだし、今日泊まりに来ない?」

(意識、する必要なんて………)

 

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