何もかもが寝静まり、いつもはどこかしらにある喧騒も、遠くに響く車の音も、近くから響く虫の鳴き声もすべてが無にすら感じる夜。 世界で起きているのは私だけ。 そんな錯覚に陥るような静かな夜。 もちろん、今目の前で眠る恋人も安らかな寝息を立てている。 普段はメガネの奥に隠れる瞳は閉じられ、触ると新雪のようにさらさらな頬を枕に置き、最近は可愛いことをいうのが多くなった口は小さく開いている。 愛おしい姿だ。 もちろん、一緒に寝ているなんてことはあるわけはない。渚がそんなことを了承するはずはない。 もっとも、一緒に寝てと頼めば何かしら可愛い理由をつけ、いいといってくれるかもしれなし、それはそれで見てみたいとは思うけれど、とにかくそれを提案したりはしなかった。 じゃあ、なぜ私が涼香のベッドで眠る渚を目の前にしてるかといえば 「………んぅ」 涼香の……渚のベッドに忍び込んでいるからだ。 横になっているわけではなく、渚の枕元に座り渚の寝姿を観察しているだけ。 っと、別にじろじろなめまわすように見ているわけではない。 ただ……今日はこうしようと思っていただけ。 「ん…………ぁ」 何か夢でも見ているのか、渚はむにゃむにゃと口元を動かし、頬をゆるめた 「ふふ……」 それを楽しそうに眺める私も思わず笑いをこぼす。 「……どんな夢をみてるのかしら」 私の可愛い恋人ちゃんは。 本当に可愛いものだ。 今日一日、二人きりを意識するところ特にだ。 (あれで、本人はなんでもないつもりなんだからおもしろいわよね) 言葉の、行動の端々に緊張を走らせているくせにそれを表に出さないようにと勤めている姿はけなげで純真で、たまらなかった。 調子に乗って、お風呂や寝る前みたいなからかいをしてしまうほどに。 (にしても……) 私は、渚のある部分に視線を移す。 「くぅ……くぅ」 タオルケットに包まれるそこはほとんど凹凸もなく、渚が寝息を立てるたび規則正しく上下へと動くだけ。 (渚って胸が小さいの気にしてるのかしら?) 私だけじゃなく、月野さんや、涼香、美優子やほかの人たちの胸をじっと見つめていたこともあるし、間違いないとは思うけれど、さすがに渚がそんなことをあまりにも意外で確信は持てないでいる。 さすがに直接聞けることじゃないので黙ってはいるけど、今回みたいなからかいには使えそうよね。 あまりに渚の前ですることのない思考をして私は頬を緩める。 「……ん、ぁ……」 渚は軽く寝返りを打って、渚の長い髪が顔を覆うような形になる。 「…………」 恋人の可愛い顔が隠れてしまったので私は、それを払おうと渚へと手を伸ばし、 「っ…………」 動きを止める。 (……………っ!) そして、一瞬だけ表情を決して渚には見せない顔にして 今度こそ渚の髪を払って小さな顔を露出させた。 「……………」 私はそのまま手を離さずに渚の耳の裏を軽くなぞって、頭を撫でる。 渚が起きていたら慌てて赤面するであろうことを想像しながら、その想像だけでしか見たことのない渚を遠くに感じ、私は意図的に表情を消す。 そのまま数分はそうしていただろうか、 (まだ、夏休み) 私はやっと表情を崩し、渚を見つめたまま、【今】を改めて確認し (………貴女を待つわ) 今日一日を振り返った私は自分では気づいていることに目をそらしながら渚の頬を優しくなでるのだった。