穏やかな陽の光。暖かさを感じる風。

「……もう、春ね」

 教室の席で私は窓の外を見ながらそうつぶやいた。

 陽は伸びてきたし、暖かくもなってきた。間違いなく春が近づいてきている。

 それはつまり冬から時間が過ぎたということ、あの日から一か月近くも経ってしまったということ。

(……希と恋人になったあの日から)

「えりち、お待たせ」

 ぼーっと一人で気を沈めていた私はその一言で現実に戻った。

 振り向いたその先には、私の………一番大切な相手がいる。

「希、早かったわね」

「まぁ、部室に荷物取りに行っただけやったからな」

「そう」

 簡素なやり取りをしてから私はそれじゃあと席を立って

「帰りましょうか」

「うん。かえろか」

 並んで歩きながら、私は希の手を取ると一緒に教室を出ていく。

 校舎を出て、校門を過ぎ、横断歩道を渡る。

 その間もずっと私たちは手をつないだまま。

「にしても、本当に暖かくなったわね」

「そうやなぁ。朝とか夜はともかく昼間はもうコートもいらないかもね」

「そうね」

 手は繋いでいても交わす会話はどこか味気ない。

(……私たちはどう見えているのかしら?)

 その自覚のある絵里はふとそんなことを考えた。

 仲のいい友達? 

 それとも

(……恋人には、見えない……わよね)

 それは女の子同士だからとかそんな理由ではなく二人の中にある空気がそうさせてくれない気がしている。

 付き合っているということだけが恋人の条件であるのなら私たちは恋人同士だ。

 それは間違いない。

 けど、それ以外に条件が必要なら……私たちは……

(あ………)

 考えているうちに希と別れる場所までもうすぐとなる。

「どこか、寄ってく?」

「うーん、今日はええかな。昨日いったばっかりやし」

 私のどこか儀礼的な誘いに希もまた定型のように答える。

「そう、それじゃ、ここで」

「うん、また明日な、えりち」

「えぇ、また、明日」

 最後まで私たちは簡素なやり取りをして別れを迎える。

(………希)

 すぐには歩き出す気になれず私は希の背中を見つめる。その背中はどこか寂しそうにも見えて……

「っ……」

 私は視線を外し、逃げるように帰路へとつくのだった。

 

 

(……どうしてこんなことになっちゃったのかしら……?)

 家に帰りついた私は、ベッドの上に倒れ込みながら私と希の関係について考えていた。

 もともと私たちは親友だった。それも多分、普通の親友じゃないくらいに親密な親友。

(……思えば、その時の方が恋人っぽかったかもしれないわね)

 寄り道デートも、スキンシップももっと自然にできていた。二人でいても話がつきることはなかったし、一緒にいるのが当たり前だった。

 今は、違う。

 希と一緒にいて、どうすればいいのかわからないって思ってしまう。

 親友じゃなくて【恋人】である希との接し方がわからない。

「……あんなこと言うんじゃなかった」

 過去を想っても現実は変わるわけはないんだから、考えたって仕方ない。

 それでも私はその時のことを思い出さざるを得なかった。  

 

 

 それはバレンタインの日の一幕。

 例年にないにぎやかなバレンタインを過ごした私は、確かチョコを持って帰るのに袋が欲しいな程度の気持ちで希と練習後の部室を訪れようとして

「な、何変なこと言ってるのよ!」

 扉を開けようとした瞬間にそんな声が聞いた。

(真姫と……穂乃果?)

 わずかに開けた隙間から二人の姿が目に入って、私たちはなんとなく中に踏み入ることなく二人の様子を見てみた。

「えー? 変かな? あーんしてって言っただけだよ?」

「へ、変に決まってるでしょ」

「でも、私たち付き合ってるんだよ? バレンタインにあーんしてくれるくらいあってもよくない?」

(えっ!?)

 突拍子もなく聞こえてきたその一言に私たちは顔を見合わせた。

(穂乃果と、真姫が……?)

 確かに仲いいとは思っていたけど……え?

「ね、真姫ちゃんおねがい♪」

「っ……」

 穂乃果がぐっと迫りながら真姫を上目づかいに見た。

(……なんだか、真姫の反応が予想できるわね)

「し、仕方ないわね」

 予想通りに真姫はテーブルの上にあったチョコを一つつまむと……

「ほ、ほら……」

 穂乃果の口元に持って行った。

「わーい。あーん。んー、おいしー」

「と、当然でしょ。この私が直々に作ってあげたんだから」

「それもだけど、やっぱりあーんしてもらえてると余計においしくなっちゃうよ。真姫ちゃんにもしてあげよっか?」

「い、いいわよ。そんなの」

(なんていうか……見てる方が恥ずかしくなるわね)

 少しの罪悪感と微笑ましさを同居させながら私たちは二人の様子をうかがっていた私たち。邪魔しちゃ悪いし、そろそろお暇しようかと思っていたその瞬間。

「じゃあ、こうしてあげる」

 穂乃果の甘い声が聞こえた。チョコレートみたいに甘い穂乃果の声。

「な、に……っ!?」

(っ!!!?)

 真姫も、私も、隣にいた希も目を見開いて驚いた。

 チョコをくわえた穂乃果の唇が、真姫の唇に重なったから。

 そのまま穂乃果は真姫のことを抱き寄せ体を密着させる。

(キス……してるのよね……?)

 現象は見たままなんだけど、どこか現実感がない。

 けど

「ん……ふぅ……ちゅ……ぷ。くちゅ……」

 二人の唇から覗く舌が、耳に響くその音が私の動悸を激しくさせた。

「……んく」

 その唐突で衝撃的なシーンにすごくドキドキしてしまって、思わず生唾を飲み込む。

「っ……はぁ」

「あ…………っ! な、なにすんのよ!」

 少し惚けてから真姫は穂乃果に食って掛かる。

「だって真姫ちゃんはあーんさせてくれなさそうだから」

「なっ!? ば、バカじゃないの!? だ、大体思いっきりキスしてきたじゃない」

「それは……なんていうか、我慢できなくなっちゃったからと言うか……あはは、ごめん。嫌だった?」

「……そ、そうは言ってないわよ。というか、嫌なわけはないじゃない……私は穂乃果の恋人、なんだから」

 真姫が真っ赤になって穂乃果のことを見つめる。

 穂乃果はそんな真姫の手を取ると、

「真姫ちゃん」

 また甘く真姫のことを呼んだ。

「…………」

 真姫は照れたように穂乃果の手を握り返すと、ゆっくり目を閉じて………

(って、こ、これ以上はまずいわよね)

 今更ではあるけど、ようやく私はその思考に辿り着いて希に目配せをすると、足音を立てない様にその場を去っていった。

 最初はゆっくり徐々に早足になった私たちがたどり着いたのは私たちの教室。

「なんていうか……ハラショーね」

「せやなぁ。まさか、穂乃果ちゃんと真姫ちゃんがなぁ。これはカードでもわからんかったわ」

「けど、よく考えるとなんで私たちが逃げなきゃいけないのかしらね。非常識なのは学校であんなことする穂乃果たちなのに」

「あはは、それはいいっこなしってやつや」

「まぁ、そうね」

 いつもいつもあんなんじゃ困るけど、今日は特別な日。少しくらいは大目に見てあげてもいいかもしれないわね。

「にしても、あーんはともかく口移しとはね」

「あぁいうところはさすが穂乃果ちゃんやなぁ」

「真姫はもっと怒るかと思ったけど、しおらしくなるところなんて意外だったわね」

「せやなぁ。けど、付き合うと変わっちゃうもんなんやない?」

「んー、そういうものなのかしら?」

「えりちかてわからんよ? 付き合いだした途端に大胆になるかも?」

「そんなことないと思うけど」

「いやいや、わからんって」

 覗き見をしてきたというのに、それを棚に上げて私たちは話を弾ませる。

 罪悪感はもちろんあるけど、年頃の女の子としてはああいうのを見せられれば多少ハイになってしまうのも無理はない。

 そんな中で私は

「えー、なら私たちで付き合ってみる? そうしたら、何も変わらないって証明して見せるわよ?」

 冗談を言ってしまった。

 これが本気じゃないなんて誰にだってわかる。希だってもちろん、わかったはず。

 けど

「っ!」

 その時の希のことが忘れられない。驚きと喜びを混ぜたような表情。感情を隠すことが多い希の本当の感情を私の冗談でしかなかったはずの言葉が引き出してしまった。

 ただ、それだけだったら私は過ちを犯すことはなかったのかもしれない。

 でも、希はすぐに

「あはは、何言うてるん?」

 って自分の気持ちを誤魔化した様に笑うから。

 その姿に胸を締め付けられて

「………本気よ」

 と、嘘をついてしまった。

のぞみ2

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