(……どのくらい泣いとったんやろ?)
涙が止まって落ち着いたのはもう夕暮れで、夕陽に照らされて部室が赤く染まってた。
「……………」
涙が止まってからはうちもにこっちも口を開いてない。
何もしないままただにこっちが寄り添ってくれたまま時間だけが過ぎていって
キーンコーンカーンコーン。
下校を告げるチャイムが鳴る。
「……希」
にこっちはうちの名前を呼ぶだけ。帰ろうって言わなきゃいけないはずやのにそれを続けないでくれてる。
(……ほんま、優しいなぁ)
だから
「……かえろか」
うちはにこっちに少しでも応えたくてそれを口にした。
「……………」
帰り道もやっぱりおしゃべりはない。泣けてすっきりしたとは思うけど、たった一回泣いただけで整理がついてしまうほど簡単な恋じゃないから。
(……帰ったら、泣いちゃうかもな)
そんな気がした。
(……ちょっと、怖いかもな)
さっき部室で泣いたのはうちにとってよかったことなんやろうけど。今度は別の意味で怖さを感じる。
ただいまも、おかえりもないあの部屋で一人泣くのは……すごく心細いから。
(……どうしようもないけどな)
その未来に怯えていると、いつのまにかにこっちと別れなきゃいけない場所に来ちゃってて
「……にこっち。今日は本当に……」
迷惑かけてごめん。
最初はそう言おうと思った。けど、
「ありがとうな。にこっちのおかげで後悔したけど、後悔しないですみそうや。……ほんま、ありがとう」
にこっちに心配をかけない様に今うちにできる精いっぱいの笑顔をした。本心ではあるけど、心からの笑顔じゃないのは間違いなくて
「希」
にこっちはそんなうちの手を取った。
「って、ちょ、に、にこっち?」
そのまま手を引いて歩き出す。うちの家とは反対の方向に。
「今日、泊まってきなさい」
「え? な、何言うてるん? いきなりそんな迷惑やん」
「にこがいいって言ってるんだからいいのよ。いいから言うとおりにしなさいよ」
有無を言わせずにこっちは早歩きで力強くうちの手を引いていく。
(…………にこっち、もしかして)
その背中がとても大きく見えてある可能性を思った。
一人の部屋に帰りたくないっていううちの心を読んだわけやないやろうけど、にこっちには何かがわかったんやと思う。
うちが一人になりたくないって思っていたこと。怖がっていたこと。そういううちの弱いところを見つけてくれた。
(……かなわんなぁ)
こんなに小っちゃくて下手したら高校生にも見えないのに、うちに勇気をくれて、うちのこと泣かせてくれて。けど、その涙に溺れない様に手を差し伸べてくれる。
(…………うちは幸せもんやな)
失恋したばっかりなのに、そう思った。
恋は叶わなかった。三年もずっと想いつづけてきたのに、叶わなかった。
けど、こんなに可愛くてかっこいい親友がいることに気づけた。
それはもしかしたらどんな素敵な恋人ができるよりも幸せなことかもしれない。
「にこっち………」
あぁ、またうち泣いとる。
さっき泣いたばっかりやのに情けないなぁ。
けど、こんなん泣いちゃうにきまっとるやん。
涙は悲しい時だけじゃなくて、嬉しい時もでるんやから。
だからうちは涙に濡れた顔で、歓喜に震える声で
「……ありがとう。大好き」
大切な想いを伝える。
「っ〜〜……」
にこっちは何も答えてはくれなかったけど、一瞬振り返ったときに見えた顔は真っ赤に染まってて
「さ、さっさと行くわよ」
照れ隠しのような上ずった声と、うちの手を引くそのぬくもりが妙に嬉しかった。