波の音が耳に響く。
真冬の冷たい風が体に打ち付ける。
目の前に広がるのは夕焼けに染まった海。
隣には大好きな人。
高坂穂乃果。
μ’sのリーダーにして、音ノ木坂の生徒会長。
そして、私の恋人。
私たちはμ’sの終わりを告げたあの海岸に二人で訪れていた。
誘ったのは私。
デートの終わりにここに来たいって穂乃果を連れてきた。
「………………」
それから会話はない。
波打ち際に腰を下ろして二人で海を見つめている。
何も考えずにここに穂乃果を連れてきたわけじゃない。目的はちゃんとあるけど、ここに来ると何よりも先に考えるのはμ’sの解散を決めたあの日のこと。
そのことに後悔はないわ。みんなで決めたことなんだから。
でも、後悔はなくても。
(寂しい、わよね)
μ‘sは私にとってなによりも特別なものだったから。
私に居場所をくれた存在だから。
私の音楽を続けさせてくれた場所だから。
穂乃果に出会わせてくれた存在だから。
そのμ‘sがなくなってしまう。例えスクールアイドルを続けるとしてもその寂しさと喪失感は計り知れない。
そして、μ‘sを終わりするということは私あることを気づかせてくれた。
ううん、気づいたんじゃないわ。
知っていたのに見ないふりをしていただけのことよね。
当たり前にあると思っていたものが、ずっと続いていくと思っていたものがなくなってしまうかもしれないということ。永遠に続くなんていう保証はどこにもないんだって言うこと。
μ’sがなくなってしまうように、私たちの関係もこれからずっと続いていくとは限らない。
そう思ったらなんだかすごく心細くて、穂乃果をここに誘っていた。
「………ねぇ、穂乃果」
穂乃果がどう思ってくれているのかを聞きたくて。
「……私たちって、いつまで一緒にいられるのかしらね」
「っ!? 真姫、ちゃん?」
いきなり弱気な言い方ね。でも、仕方ないじゃない。
私たちの関係には確かなものなんてないんだから。誰かに認められているわけじゃない。μ’sのみんなにすら内緒の関係。誰にも認められないかもしれない関係。
恋人だと思っているのは私たちだけ。そんな口だけの関係がこれから先本当に続けて行けるのか不安なんだから。
「μ’sがなくなるみたいに、私たちだっていつか……」
終わっちゃうんじゃないの?
それは声に出せなかった。出したくなかった。
にしても、こんなことを穂乃果に言ってどうするつもりなのかしら? そんなこと穂乃果にだってわかるわけはないのに。
そんなことを思って落ち込む私に、穂乃果は
「っ」
砂の上に置いていた私の手に手を重ねてきた。
「真姫ちゃん。穂乃果もね、多分おんなじこと考えたよ」
「え?」
「ずっとそこにあったμ‘sがなくなることになって、ずっとなんてないんだってわかった。真姫ちゃんとの関係もどうなっちゃうんだろうって穂乃果も不安になったよ」
「…………そう」
穂乃果の…当たり前の話を聞きながら少し落ち込む自分がいた。
勝手なことだけど、穂乃果に期待してたのはそういう後ろ向きなことじゃなくて、困難に立ち向かう穂乃果らしさだった気がするから。
「私たちは多分普通じゃなくて音ノ木坂の中でだからこそ許されているのかもしれないって。真姫ちゃんとはいられなくなる時がくるかもしれないって、思った」
やめてよ。穂乃果の口からそんなこと聞きたくないの。そんな言葉を望んでなんかいない。
自業自得のくせに私は泣きそうになりながらもそんなことを言えるわけもなくて唇を噛んだまま遠くにある夕陽を見つめた。
「けどね」
途端、力強い声と共に重ねられた手に力が込められて、思わず穂乃果の方を向いた。
「やだって思ったよ。真姫ちゃんと一緒にいられなくなるなんて絶対に嫌だって。私は真姫ちゃんとずっと一緒にいたいんだってそう思ったよ」
芯の通った声。意志のこもった瞳。不安に溺れそうになる私を引き上げてくれる力強く暖かな手。
「ねぇ、真姫ちゃん。三年生は卒業して、μ’sはなくなっちゃう。私も三年生になって、真姫ちゃんよりも先に卒業する。でも、私たちはずっと一緒だよ。μ’sがなくなっても、卒業してもずっと一緒。だって、そうしたいんだって思うもん。真姫ちゃんとこれから先ずっと、一生一緒にいたいって思うもん」
根拠もないのに私の心を照らして、勇気をくれる穂乃果の声。
「真姫ちゃんが嫌だって言っても離したりなんかしないんだからね」
やっぱり私は穂乃果が好きなんだって改めて思わせてくれる。
こんなことを言うと都合いい人間に思われるかもしれないけれど、このために私はここに来たのかもしれないわね。
穂乃果を好きだって再認識するために。
「な、なによ。一生って、プロポーズのつもり?」
穂乃果を好きだっていう気持ちが溢れすぎて私はそんな風に照れ隠しをした。
「え? あ、あはは、そう、かも、ね」
そうだってはっきり認めないのも、違うって否定をしないのも穂乃果らしい。
まぁ、ここはそうだって言って欲しかったような気もするけど。
と、諦観しながら思う私に予想外のことが起きた。
「……………うん、プロポーズだよ」
「え?」
穂乃果がこれまでにないような真剣な目をして私の言うことに頷く。
「冗談なんかじゃないし、真姫ちゃんを安心させるために言ったんじゃないもん。本当に真姫ちゃんとずっと一緒にいたいって思うから言ったんだよ。プロポーズだよ」
そうはっきり告げる穂乃果に一瞬、時間が止まったかと錯覚するほどに心を奪われた。
「真姫ちゃん」
穂乃果が甘い声で私を呼んで、濡れた瞳で私を見つめた。
「…………うん」
私は穂乃果が何を求めているのかを知って、小さく頷くとゆっくり目を閉じた。
「大好きだよ」
そして、μ’sを終えることを決めた海岸で私たちは永遠を誓う口づけを交わした。