「え……?」
まず耳を疑ったわ。
だって、穂乃果がここに来るなんてありえないことのはずなんだから。
ここに来るなんて誰にも伝えていないし、連絡を取りたくなくて携帯の電源も切っている。
だから、穂乃果がここに来るはずなんてありえない。
その穂乃果が今、目の前に立って私を見つめながら優しく微笑んでいた。
(あ…………)
その笑顔が大人っぽくて、穂乃果らしくないのにあまりにその笑顔が似合っていて思わず何でここにいるのかっていう疑問も吹き飛んで見惚れる。
「隣、いいかな?」
「あ、……えぇ」
「ありがと」
穂乃果は私に了承を取ると私の隣に座って海を見つめた。
「……………」
さっきからだけど、穂乃果が穂乃果らしくない。
それは悪い意味ではなくて、なんていうか年相応というか年上だって感じさせてくれるようなそんな雰囲気を感じる。
「……どうして、ここに来たの?」
私はそんな穂乃果の様子に疑問を持ちながらも一番初めに感じた疑問を問いかけた。
「んーと、運命、かな」
「っ。ちゃんと答えなさいよ」
今冗談を受け取れるほど余裕なんてないんだから。
「…………真姫ちゃんがここにいるような気がしたんだ」
「……っ」
「ううん、私がここにいて欲しいって思ったからかな」
「なにそれ。意味……わかんない」
「だって、ここは私が真姫ちゃんにプロポーズした場所だもん。だから、ここにいて欲しいって思ったんだ」
「っ……なによ、それ……」
意味はわかんない。でも、穂乃果がこの場所を大切に想ってくれているのだけはわかって嬉しく……
(って、何考えてるのよ!)
穂乃果とは……わ、別れたのよ。今更、何を言われたって……簡単に翻意してしまうほどやわな決意をしたわけじゃないんだから。
「本当はあの後すぐに追いかけたかったんだけど、ちょっと寄り道しちゃってて遅くなっちゃった」
「寄り道……?」
「うん、家に取りに行かなきゃいけないものがあったから」
(……何よ、それ)
私のことを追いかけるよりも大切なことがあったっていうの……?
(って……また……)
違うでしょ。もう穂乃果とは終わりするんだから、こんなことを不満に思う必要なんてないのよ。
「真姫ちゃん」
「……何よ」
「ごめんね。私、真姫ちゃんが悩んでるの気づいてたんだ。ううん、っていうよりも私も同じだったの。真姫ちゃんとこれからどうしたらいいのかって悩んでた」
………やめてよ。
穂乃果の口からそんな言葉を聞きたくない。穂乃果は違うでしょ。貴女はいつでも前を向いていて、すぐ弱気になっちゃう私の手を引いてどこまでも連れてってくれるそれが穂乃果じゃない。
現実に妥協するようなことを言わないで、現実に負けるようなことを言わないでよ。
「だから、真姫ちゃんが悩んでてもどう答えていいかわからなくて何にも言えなかった」
……穂乃果の姿に涙を流したくなる。
ここで永遠を誓ってくれた穂乃果は……もういないんだって。
(……………)
涙をこらえるしかできない私はぎゅっと唇をかみしめる。
そんな私の耳に
「けどね、私決めたよ」
穂乃果の力強い声。
その声に惹かれて穂乃果の方を見ると
(っ……)
私の好きな顔がそこにあった。
やると決めたらやるという顔。まっすぐに前を見つめ、希望を見据えた瞳。
私が心を奪われた穂乃果の姿があった。
「私はね、真姫ちゃんが好き。世界で一番真姫ちゃんのことを愛してる。今までずっと一緒にいれて嬉しかったし、これからだってずっと一緒にいたい。だからね……」
穂乃果がポケットからあるものを取り出す。
私はそれに思わず目を奪われて、穂乃果が私の左手を取ることに抵抗することもなく、ただ穂乃果の手にあるものを……リングケースから取り出した指輪を、私の左手の薬指にはめられた指輪を見つめた。
「結婚しよう。真姫ちゃん」
そして聞こえる穂乃果の大切な想い。
私は最初何が起きているのか理解できなくて、ううんわかってはいるはずなんだけれど頭が追いつかなくて穂乃果と指輪を交互に見つめたあと
「な、何言ってんのよ!? 意味わかんない!」
反射的にそんなことを返した。
だって……だって、……イミワカンナイ!
「わかんなくなんてないよ。これが私の気持ちだよ。真姫ちゃん。私は真姫ちゃんが好き。他の誰かなんて絶対に考えられない。私は今までも、これからも真姫ちゃんとずっと一緒にいたい。だから、受け取って。私の気持ち……私の想い」
穂乃果のまっすぐな声。偽りのない気持ち。
(……嬉しい)
そう、思ったわ。好きな人からのプロポーズ。嬉しくないわけないじゃない。だって、これはあの時とは違うもの。あの時のプロポーズが嬉しくなかったとかじゃなくて、今それをすることの重さをわかってのプロポーズなんだから。
嬉しいに決まってるじゃない。
何度も望んだこと。でも、心のどこかでは諦めていたことなんだから。
嬉しいに決まってる。決まってるのに。
「何……言ってんのよ」
そんな言葉が出てきてしまった。
「こんなのは……何にも……ならないのよ」
現実を見る弱い私が顔をだす。
「こんなものをもらったって何にも変わらないじゃない! なんで私が別れようって言ったかわからないの!?」
こんなこと言いたくない。でも、止まらない。だって、私だって考えたのよ。こうなれたらって、結婚したいって、そうなれたらどんなに素敵だろうって。
「何にも変わらないからよ!? こんな【結婚】をしたからって、何が変わるっていうの? 普通になんてなれないのよ! 何にも変わらないのよ!!」
私は諦めたのよ。いくら望んだところで、何にも変わらないから。それどころかますます孤立をしていくかもしれない。私はその想像に負けたから、だから穂乃果と別れる理由を探したのよ。
考えて、望んで……諦めたのよ。
なのに、今更そんなこと言わないでよ!
「………うん。そうだよね。変わらないかもしれない」
「っ!」
思わず穂乃果を睨みつけてしまう。そんなこと言わないでと。
「でも、変えてだっていけるよ。ううん、二人で変えて行こうよ。これはその証なんだよ」
穂乃果が指輪に触れる。
「私が真姫ちゃんのことを好きだっていう証。今までも、これからも、どんな時でも私が真姫ちゃんのことを愛してるっていう証。真姫ちゃんが受け取ってくれるのなら、私は一生真姫ちゃんの側にいて、真姫ちゃんのことを想ってみせるよ。何があったって、絶対に」
穂乃果から伝わる眩しすぎるほどの想い。私と穂乃果が歩んだ日々が、積み重ねた時間と思い出が形になったもの。
それは私の捨てようと思っていた気持ちに、閉じ込めようとしていた願いに光を当てる。
「っ……な、んなのよ……どうして、そんなこと言えるのよ……」
それでも私は否定の言葉を吐いた。
涙をこらえながら。
「これが、私の夢だからだよ」
「っ………ほの、か……」
「真姫ちゃんは勘違いしてるよ。お店を継ぎたいって思ってるのも本当だけど、一番は違うよ。私の一番の夢は真姫ちゃんと一緒にいることだよ。どんなときもずっと。いつでも真姫ちゃんの隣で笑っていたい。それが私の夢なんだよ」
眩しい笑顔。まっすぐにしたいことを見つめる穂乃果の綺麗な瞳。
「っ……ほのか……」
私の好きになった穂乃果がそこにはいた。
あの時、私にプロポーズをしてくれた時と何にも変わらない穂乃果がいた。
「ほの、かぁ………」
溢れる。諦めたはずの想いが、捨てきれなかった願いが、穂乃果の想いに照らされて溢れる。溢れて……溢れて
「うぁああん」
抑えきれなくなった。
「なんなのよ……なんなのよあんたは」
意図的に抑えていた涙を溢れさせながら穂乃果にすがりつくように抱き着いた。
「私が……どれだけ悩んだって思ってるのよ……本当は私もずっと一緒にいたくて、でも……そうなれないことが怖くて……だから……絶対に嫌だったのに、別れようって言った……のに」
「うん……遅くなってごめんね」
穂乃果がぎゅっと抱きしめてくれる。
それが嬉しくて、余計に涙が出る。
「まったく、あんたは、いつだってそう。私が悩んで、迷って、弱気になっちゃうのに、大切な時にはこうやって私の一番欲しい気持ちをくれる……ずるいわよ……」
「だって、私は真姫ちゃんのことが大好きだもん。真姫ちゃんが困ってたらいつでも助けに行くよ。ずっと側にいるよ。そうやって二人で歩いていこう。ずっと、ずっと先まで」
「っ……こんなの、安っぽい映画みたいじゃない。別れを切り出して、追いかけられてプロポーズされて……こんなに、嬉しくなってる」
私は穂乃果にもらって指輪をぎゅっと右手で握り締めた。
「穂乃果と一緒にいて……今までいっぱい楽しかったけど、嬉しかったけど………今が、一番、嬉しい。大好き……大好き……ひっく……大好き。穂乃果」
泣いてる。嬉しすぎて涙止まらない。穂乃果への想いが止められない。
その想いが私を笑顔にさせる。多分、今まで穂乃果に見せたどんな笑顔よりも輝いた笑顔を。
「真姫ちゃん……」
穂乃果も私と同じ、初めて見る一番幸せな笑顔になる。抱きしめられていてわからないけどきっとそんな顔をしてるってわかるわ。
そうしてから穂乃果は一端私の肩を掴んで体を離すと
「もう一回言うよ。今度は、ちゃんと答えを聞かせてね」
指を絡めて心を繋げていく。
「結婚しよう。真姫ちゃん」
その言葉が照らしてくれる。不安でも幸せへと続く道を照らしてくれる。
心の中に青空が広がった気がした。
この先喜びも、悲しみも、楽しみも、不安も穂乃果と一緒に分かち合って生きていく。
「っ……えぇ!」
私はその幸せを噛みしめながら穂乃果に愛を返した。
そして、μ’sの終わりを決めたこの場所で、穂乃果に二度目のプロポーズをされたこの場所で私たちは二度目の永遠を誓い合った。
何も変わらない穂乃果と。
あの時音楽室で独りだった私を見つけてくれたあの時から何も変わらない穂乃果と。
いつでも明るく、前を向いて、みんな躊躇をしてしまうことに力強い一歩を踏み出せる穂乃果と。
これまでも、これからも私を愛し、私が愛する穂乃果と永遠を誓い合った。
そう。
私の永遠はいつだってここにあった。