穂乃果の夢に私は邪魔になる。

 それがあの時私が思ったこと。

 穂乃果の夢はこの街で生きていくこと。

 私との関係はその重荷になる。

 ううん、すでに穂乃果の邪魔をしていることに私は気づけてなかった。

 穂乃果は実家とはいえ、もう手伝いをする娘ではなくてちゃんとした従業員。それなのに穂乃果はいつでも私を優先して休みに合わせてくれた。

 私はそんな穂乃果に甘えるだけでそれによって穂乃果の立場が危うくなることに気づけてもいなかった。

 まずそこからして恋人失格だって思っちゃうし、なにより私との関係を話せばそれは穂乃果の夢を完全につぶしてしまうことになるかもしれない。

 そんなのは……駄目よ。

 誰のために、なんのために医者になったのかわからない私と違って、穂乃果は自分で未来を決めた。

 その夢を私なんかのために壊しちゃいけない。

 それはただいつか来るかもしれない別れに怯えて出してしまった安易な結論かもしれない。我ながら飛躍しすぎとも思うわ。

 でも、そんな些細なことで思ってしまうのなら……所詮この程度ってことなのよ。

 今ある確かな絆よりも、未知の憂いに怯える私はこれが穂乃果のためだって自分に言い聞かせることにした。

 

 

「え……真姫ちゃん、それって……どういう……?」

 理由を見つけてから数日後。

 私は穂乃果を前もデートの終わりに寄った喫茶店に呼びだして、用件を伝えた。

「言った通りよ。別れましょうってこと」

 心臓がうるさい。多分、穂乃果に告白をした時よりも、穂乃果にプロポーズをされた時よりも緊張してるわ。

「どう、して……」

「……現実的じゃないからよ、こんなの」

 別れの理由。他に好きな人ができたとか、穂乃果を嫌いになったとか。嘘をつくことも考えた。でも、そんなのはきっと見抜かれてしまう。

 だから私は嘘はつかないことにした。

「いつまでも学生じゃないのよ。もうちゃんとこれからのことをかんがえなきゃいけない歳でしょ」

「か、考えてるよ。私はずっと真姫ちゃんと一緒にいたいって」

「………親にも言えないのに?」

「っ!?」

「穂乃果にだってわかってるんでしょ? 私たちが普通じゃないってこと」

「それは……そう、かもしれないけど……でも!」

 逆接の言葉を続けてくれる、その穂乃果の気持ちが嬉しいとは思う。だけど。

「ねぇ、穂乃果?」

 私は緊張しているくせに表面だけは冷静を装った声を出した。そうじゃなきゃ言えそうにないから。

「真姫、ちゃん?」

「穂乃果の夢は何?」

「え?」

「穂乃果の夢は穂むら継ぐことでしょ?」

「う、うん……? そう、だけど?」

「親にも認められないのにそんなことができるって思う?」

「っ……」

「……わかるでしょ。私との関係は穂乃果の夢に邪魔なの」

「そ、そんなことはないよ! 私は……そんな風に思ってなんか……」

 私だって思いたくなんかないわよ! けど

「穂乃果が、じゃない。穂乃果の両親がどう思うか、よ」

「っ………」

 穂乃果の心がひるむのを感じる。どんな時も前向きで、根拠もなく強気なことを言っていた穂乃果が言葉に詰まる。

 私の見たくない姿。

「わかったでしょ。終わりにしたほうがいいのよ。取り返しがつくうちにね」

「っ………」

「用は、それだけ……それじゃ」

 私はそう言って席を立つ。

 この場にいたら穂乃果は反論をしてくるかもしれない。ここで穂乃果との会話を続ければ私の方が心変わりをしてしまう。

 今穂乃果に告げたことも本心のはずだけど、穂乃果とずっと一緒にいたいっていう自分も確かにいるんだから。

「……………さようなら」

 だから、穂乃果が自分を取り戻せないうちに私は次のない別れの言葉を告げて去っていった。

(っ…………穂乃果)

 胸が締め付けられる思いと、溢れる涙を抱えながら。

 

 

 波の音が耳に響く。

 初夏の生ぬるい風が体に打ち付ける。

 目の前に広がるのは夕焼けに染まった海。

 隣には誰もいない。

 私は穂乃果と別れた後一人あの海岸に来ていた。

 μ’sの終わり告げた場所。

 そして、穂乃果にプロポーズをされた場所に。

 その場所に一人で。

「………変わってない、わね」

 ここから見る海は変わっていない。

 穂乃果と永遠を誓ったあの日のまま。

「っ………」

 その景色が歪む。

 流しても流しても溢れてくる涙に視界が歪む。

 あの日、私は永遠を信じた。

 難しい関係だって言うのはわかっていた。でも、お互いが想いあえばどんなことでも乗り越えていけるはずと。

(……子供、だったのよ)

 自分たちのことだけを考えればいい、生きるということを何にも知らない子供だった。

 でも、人は変わる。

 ずっと同じままでなんていられるわけはない。

 私は好きな人を信じきれないほどに弱くなって……

 穂乃果だってそうでしょ?

 昔の穂乃果ならあの喫茶店で別れを告げた時にすぐに否定をしてくれた。大丈夫って私の手を引いてくれた。

 もし、穂乃果が昔のままで大丈夫って言ってくれたなら私は……

(っ……)

 何勝手な想像してるのよ。

 一人で穂乃果への別れを決めたくせに、こうだったらよかったなんて思う資格なんてないじゃない。

 結局、永遠なんてなかったっていうことなだけよ。

 ずっと当たり前にあると思っていたものがなくなることがある。

 そんなことは知っていたじゃない。

 μ‘sがなくなったようにずっと続くものなんてない。

 今回はそれが私たちの関係だったってことなだけよ。

 

 私たちはずっと一緒だよ。

 

(……やめて)

 あの時の穂乃果の言葉が耳に響く。

 打ち寄せる波の音、風の冷たさ、夕陽に染まる海。

 穂乃果の温もり、穂乃果の声、穂乃果の鼓動。

 ……はじめてのキス。

 どれもが昨日のことのようにはっきりと思い出せる。

(でも…………)

 なかったのよ。

 μ’sがなくなったように、ずっと一緒なんてことありえるわけなかった。

 あの時誓った永遠なんて、どこにも……

 その絶望に再び涙を流そうとしたその時、

 

「真姫ちゃん」

 

 私はこの世で一番大切な相手の声を聞いた。    

 

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