その電話は唐突だった。

 学校も終わり、美咲と裏庭にある駐輪所で丁度自転車に乗るところだった。

 彩音ちゃん? 今日彩音ちゃんに会いに行ってもいい?

 内容は実に簡潔で、他のことなんかちっとも話さなかった。あたしがにべもなくうんと大きく頷くと、電車くるからとすぐに切られちゃった。

 ただ、話してた時間が少なかったなんて関係ない。

「やたっ!」

 あたしは、携帯をバックに戻すと駐輪所で人目があるのも忘れて握りこぶしをしてガッツポーズをとった。

「なに、どうしたの?」

 すでに自転車に跨っている美咲が早く来いといわんばかりにベルを鳴らしながら言ってきた。

 あたしもとりあえず、バックをかごに入れて美咲の後を追っていく。

「で、なにアホみたいに喜んでたわけ?」

「いやー、実はさー、澪が急にあたしに会いたいなんていってきちゃって」

 コロコロと自転車を転がしながら校門までの道のりを歩いていく。校則じゃ校舎内で自転車に乗ってはいけないってあるのを律儀に守ってるってわけ。

 実際、ほとんどの人が気にせずに乗っていくけど新参者としては中々にそういうのも破りづらい。

「昨日も遅くまで電話してたし、ここ最近で一気に親密度が上がったって感じー?」

「昨日、ね。そういえば、ゆめが電話するかもっていってたけど? きた?」

「あ、あぁうん……」

 ゆめ、か。悪いことはしたけど、フォローのメールはしておいたし、平気、だよね? あ、でもそういやメール帰って来てない。あたしや美咲からのは大抵すぐ帰ってくるのに。

 ゆめに悪いとは思ってはいるんだけど、やっぱ澪のことを優先しちゃうんだよね。美咲相手だとこんなに気を使わないのに。

 念のために言っておくと、付き合いの長さで親密度の差じゃないよ。

 やっと校門を抜けてあたしたちは自転車に乗りながら話を再開する。

「宮月さんと仲良くするのはかまわないけど、あんま私た……ゆめのことほっとくのはゆめが可哀想なんじゃないの?」

 今、私たちって言おうとしてた

「ん? なに、まさか美咲も寂しいわけ?」

「……べっつに。生まれたときからほとんど一緒にいるんだからたまには離れたくらいのほうがせいせいするわよ」

「あっそ。そら、よぉござんした。ところで、今度ゆめに遊ぼうって誘っておいたけど美咲もくる?」

「二人がいくならいくわよ」

「なんか、今のいいかたゆめっぽいね」

「……うるさい」

 そんな感じで帰路を雑談やら学校のことやらを交えて帰っていく。学校は小学校のころからほとんどこんな感じ。へたすると家族以上に家族っぽい。

 美咲とは家も自転車で五分以内のところですぐ近くまで来てやっと道を違える。

「んじゃ、まったあしたー」

「またね。あ、彩音」

「んー?」

 道を曲がってそのまま行こうとしたけど、後ろからの美咲の声に徐行して首を回す。

「せいぜい宮月さんの前で恥かかないように気をつけなさい」

「はいはいっと」

 そんな心配最近はいらないんだよという言葉は面倒だから口に出さずそのままあたしは家に帰っていった。

 

 

 普通好きな人が部屋くるなんていったら部屋の整理とか色々あるのかもしれないけど、幸いあたしは部屋はいつもきれいに片付いてるから心配ない。

(あ……でも、澪の部屋いったときにそのままだったのはあたしのことあんま意識してくれてないのかなー?)

 う、そう考えるとへこむ。

 いやー、でもありのままの姿を見せてくれたってことでプラスに受け取ってもいい、かも? 部屋が散らかってるのが性格なら友だちが来てもそのままでもおかしくないとも取れるけど……

「ごめんね、彩音ちゃん。急に押しかけちゃって」

「う、ううん」

 澪ならいつでも大歓迎!

 ってなんでいえないんだか。友だち同士でもおかしくない言葉なはずなのに澪相手だと……意識しちゃうー。

「やっぱり、彩音ちゃんの部屋ってきれいだね。すごいねー」

 そんな風に行ってもらえるのは嬉しいんだけど、片付けてるとか関係なく澪が今部屋を見回してるのは、やっぱり気になっちゃう。

「あ、ありがと」

 変なものがあるわけじゃないんだけどね。

「あ…………」

 部屋を見ていた澪が小さく声を上げて机によっていった。その上のあるものを手にとって見つめる。

「あ、それ? この前美咲とゆめの三人で旅行いったときの写真」

「そうなんだー」

 澪は何故かその写真をまじまじと見つめている。

「いいなぁ。楽しそうだねー。わたしお友だちとそういうのしたことないから、うらやましいなぁ」

 憧れの表情で澪はその写真を見続ける。でも、気のせいかうらやましいってだけの顔じゃないような気も……?

「あ、じゃ、じゃあ。こ、こんど……」

 一緒に行かない? っていいたいのにー。

 勇気が出ない……

「ん?」

 途中で言葉を打ち切ったあたしを澪は小首をかしげて見つめていた。

「あ、え、えと、それでなんの用?」

「……うん」

 わざわざ平日に電話までして会いたいっていってくるんだから当然何か用事があるはずだろうと思って聞いてみたけど、澪はなんかめずらしく戸惑ったような態度を見せた。

 手に持ったままの写真をもう一回見つめなおす。

「彩音ちゃんってどうしてゆめちゃんと仲良くなったの?」

「え? ゆめ?」

「うん。ほら、ちょっといいずらいけどやっぱりゆめちゃんってあんまりお友だち作るの上手そうじゃないから。小学校も違ったのにどうしてこんなに仲良くなれたのかなぁ? って。……彩音ちゃん。よかったら聞かせてもらってもいい? ゆめちゃんと仲良くなったきっかけ、みたいなのがあったら」

 ……なんでこんなにゆめのこと気にしてるんだろ? 何かあった、とか? てかあたしよりゆめのことがきになるの、かな……

「……ゆめちゃんに黙って聞いていいことじゃないかもしれないけど、おねがい。彩音ちゃん」

「っ」

 澪の顔が今までに見たことないほど、真剣な顔になってあたしを見抜いてきた。

 ただの好奇心とはとてもじゃないけど思えない。

 話さなきゃいけないという気持ちが体の中から湧いてくる。

「うん……」

 あたしは、今の澪にふさわしい声で答えると

「あたしがはじめてゆめと話したのは……」

 ベッドに腰を下ろしてゆっくりと話を始めていった。

 

 

「ん〜っ。だっる〜。ねっむー」

 うららかな春の陽気の中あたしはぐいーっと背伸びをしながら歩いていく。

「さっきまで図書室で寝てたでしょうが」

 隣には美咲が呆れたように並んで歩いていて下駄箱に向かってる途中。

「だって、美咲の調べごとが長いんだもん。そりゃ、眠くもなるっての」

「二十分もかからなかったと思うけどね。あの短時間で寝れるほうがすごいわ」

「眠いときはどこでも寝れちゃうもんだって。あー、早く帰って寝たい」

「ま、そうね。職員会議があるからあんまり残ってると怒られるし、さっさと帰りましょうか」

 美咲の言葉通り、今日は職員会議のおかげで部活もなくてたまには早く帰れるっていう日なのに美咲が調べ物があるとかいうから付き合ってたら校舎内にはほとんど人がいなくなってしまっている。

 あたしたちは若干足早に一階にまで降りて下駄箱までの廊下を進んでいると。

「……ん」

 美咲が立ち止まって、窓の外を見だした。

「どしたん?」

 あたしもつられてそっちに目を向けると校庭の隅にある広大な花壇にしゃがみこむ一人の生徒が見えた。最初は誰だかわかんなかったけど、ちょっと目を凝らすと見覚えがある人物だった。ってか、同じクラスだ。

 短めの髪に整った顔、眼鏡の奥のつぶらな瞳。

それと、いつも顔に張り付く無表情という鉄仮面。

「星野さんじゃん」

 一人で花壇にしゃがみこんでるのは、同じクラスの星野さん。なにやらもぞもぞと花壇に手を伸ばしている。

「あんなところでなにやってんだろね? つか、なんで美咲は星野さんのことしってんの? クラス違うじゃん」

 美咲とは一年のときは一緒だったけど、二年の現在は別々のクラス。星野さんとは一年のとき違ったから美咲との接点はないと思うんだけど……?

「委員会が一緒なの。緑化委員会。……花壇の世話、今日の当番はあと二人いるはずだけど」

「さぼってんじゃないの? せっかく早く帰れる日にわざわざ放課後なんて残りたくないだろうしさー。それはあたしもだし、さっさと帰ろうよ」

 あたしは美咲を促しながら下駄箱に向かっていく。美咲はついてきてはくれたけど、なにやら思案顔をしていた。

「彩音。私、彼女手伝うわ。彩音は先帰っていいから」

 靴を履き替えて、いざ下校という所まできたのに美咲はいきなりそんなことをいう。

「え〜。いいじゃん。委員会の仕事なんでしょ? いちいち手出ししなくてもさぁ」

「委員会一緒だし、見た以上黙ってられないの。二人なら早く終るだろうし。情けは人のためならずともいうしね。彩音は先帰っていいわよ」

「え、あ? 美咲―」

 あたしが静止するまもなく美咲は小走りに花壇のほうにかけていってしまった。

 残されたあたしはムスっとしながらその方向を黙って見つめる。

 ……いいじゃん。別に。委員会一緒だからって美咲は美咲で当番あるんだし。部活違くて一緒にかえるのもあんまりないんだからたまには一緒に帰ったって。

 つーか、ここで先帰ったらあたしが美咲を見捨てた悪者みたいじゃん。ってか、最初から誘われてない? あたしの性格からしてこうなった以上ほっとかないって美咲はわかってるじゃん。

「一人より、二人。二人より三人ってことで」

 あたしは自分と美咲への少しの不満を小さなため息に込めながら、美咲と星野さんのいる花壇に向かっていった。

 

 

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