花壇。赤いレンガの囲いに名前のわからない植物が所狭しと植えてある。うちのがっこのは特別に大きくもなければ小さくもない。普通の大きさ。花が咲けばそりゃ綺麗とも感じるけど、わざわざ手入れする気持ちはまるでわかんない。委員会の仕事なら仕方ないのかもしんないけど。

「…………」

 花壇に着くといきなり星野さんジトっと見てきた。気のせいか、少しだけ、本当に少しだけ驚いたような目をしてる。

「ほら、言ったとおりでしょ? 星野さん」

 美咲が楽しそうに星野さんにそういう。

 ……コク。

 星野さんは小さく頷くとあたしのことは興味なさげに作業を再開する。

「……やっぱ、わざと、か。始めからあたしにも手伝わせるつもりだったってことね」

「さぁ? なんのこと? 心優しい彩音さんが自発的に手伝いにきてくれたんじゃない」

 ……やっぱ手伝いにこなきゃよかった。とは思ったけど口には出さない。言い争いしても意味ないし。

 ……勝ち目もないし。

「ま、いいや。三人でやったほうが早く終るっしょ? なにやればいいの?」

 この二人は委員会でやることの説明受けてるのかもしれないけど、あたしはまるっきりわかんないんだから。

「細かいこと説明するのも面倒だから、彩音は雑草でも抜いてて細かいことは私たちですますから」

「へーい」

 あたしは言われたとおりに花壇の前に座ってみた感じ雑草っぽいのを引き抜いていく。年頃の女の子なら花でも好きじゃない限り花壇の世話なんて虫とかいて敬遠するかもだけどあたしは小さいころは虫取りとか好きだったから気にならない。

 ま、草花の見分けはつかないから、雑草以外を抜いても文句は言わないで欲しい。

「で、結局星野さんは一人でやってたの? ほかに当番の人いるんでしょ?」

「……………」

 手はうごかしながらも口も動かしてみたけど、星野さんは無言。脇に置いてある小さな苗を手にとっては地面を小さくほってそこに植えていく。

 そういや、授業の受け答え以外じゃ声を聞いたのってほとんどないなー。

「さぁ? でもサボりじゃない? 不真面目そうな子たちだったし」

「その尻拭いを一人でしてたってわけ。大変だねー。星野さん」

「…………別に」

 おっ。しゃべった。いや、まぁ、あたり前といえば当たり前なんだけど……

「あ、そだ。一応自己紹介しとくと……」

「……知ってる。出席番号、三十一番、水梨、彩音」

「っ。あ、あっそ。そだねー、クラスメイトだし……」

 あたしはそういいながらも思わず目をそらして、目の前の雑草と向き合う。

 ……やっばー。あたし、星野さんの出席番号どころか、下の名前すら……

「ゆめよ。星野 ゆめ」

 あたしの心の中を読んだみたいに美咲が小声で囁いてくれた。

「や、やだなー。星野さんの名前くらい知ってるって。夢のある名前だなーって思ってたし……」

「…………さて、さっさと終らせようかしら」

 はいはい。覚えてませんでした。覚えてたらここでこんなつまらないこといって場を凍らせたりはしませんー。

 仕方ないので目の前の作業に集中していく。

 自分で雑草と思える草を根元から引っこ抜いては花壇の脇に置く。緑化委員会なんて緑に化えるなんて書くくせにこれは反対のことでは。

雑草だって生きてるんだぞ! とか、この二人にいっても絶対に無視されそうだから、黙って続けるしかない。

(………にしても、星野さんってほんとに無口だな)

 教室でも話してるところなんて見たことないけど、今も黙々とやってるし。一年のころからおかしな子って噂は聞いてたけど筋金入りって感じ?

 もっともあたしからすればおかしな、というよりもおもしろいって範疇になるけど。

 結局、星野さんは一言も話すことなく、美咲はあたしの寒い発言のせいであたしのこと無視しやがるしで、無言のままに作業を終えた。

「あー。つっかれたっと」

「ご苦労さま。彩音、星野さんも」

「…………」

 コク。

 星野さんはあくまでしゃべらずに頷くだけ。

「……ありがとう」

 と思ったらしゃべった。

 必要なことは話すのかな。あたしの自己紹介を遮るのは必要なことでもないとおもうけど。まぁいいや。

 あたしは農作業を終えたおばさんみたいに腰を叩いて、道具やらを片付けてる二人を見てると星野さんに関して気になることを発見する。

「星野さん、肩、虫ついてるよ」

「……っ」

 あたしが教えてあげると星野さんはビクっと肩を震わせた。

 と、次の瞬間には今まで見てきた星野さんからは信じられないようなことを

「……や。と、取って」

 怯えたようにか細い声で訴えてきた。

『ッ!?

 あたしと美咲は思わず顔を見合わせた。一瞬完全にかたまりすらした。

 数瞬後やっと思考が再開した美咲が潰さないように軽く星野さんの肩を払った。

「……あ、ありがとう」

 と、星野さんは少し赤面しながらバツの悪そうに荷物を取りにか下駄箱のほうに歩いていってしまった。

「……虫が嫌なら始めからこの委員会とかやらなきゃよかったんじゃないの?」

「余ったのに入ったって感じだったから。ってか、そんなんより星野さんって……おもしろい子だね」

「同感」

 

 ゆめとの初めてはこんな感じだったね。

 その時はおもしろいなと思ったけど、特にこれをきっかけに仲良くなったわけでもなくて次に話したのはそれから一週間後くらいだったよ。

 

 

 数学の問題集、提出してなかったよ。

 あたしが部活にいそしんでる中、同じクラスで別の部活の子からそんなことを言われた。

 このがっこはクラスで教科事に当番が決まっててその授業の前に先生にその日の予定を聞いたり、問題集とかノートを職員室に持っていく役目がある。

 あたしは数学の係りで、そういえば、授業のときに放課後までに集めておけとか言われた気がする。

 んで、あたしはいちいち集めて周るのは面倒だから放課後までにクラスの背面黒板の前に出しておいてといっていた気がする。っていうか、いった。で、提出するのを忘れてしまっていたってわけ。

「めんどうだけど、行ってきますか」

 あたしは、周りの友だちに部活を抜けるというと教室に戻っていった。

 もう部活の時間になってから結構経ってるせいか教室には誰もいなくて後ろの黒板の前にあたしのいいつけどおりに数学の問題集が置かれている。

「はあ……」

 あたしはそこに近づくと軽くため息をつく。

 クラス全員分だから三十冊以上でかなりの量。

 あたしみたいなか弱い女の子が一人で運ぶには結構な量。半分ずつ運んでいけば問題ないだろうけど、それは面倒。

「よっと……」

 職員室との間を二回も往復するのは面倒ということであたしはその塔のような問題集の束を全部抱えこんだ。

 お、重い……けど、なんとかもってはいけないこともないはず。

 あたしはふらふらとしながら廊下を歩いていく。前はよく見えないけど、さすがに人影くらいはわかるからぶつかることも……

 ドンっ

 あった。

「うわっ!? …っと、とと。あ……」

 バサーと盛大な音を立てて問題集が廊下に崩れ落ちていった。

「…………」

 でも、声はあたしだけでぶつかられたほうは一言の文句もいってこない。

「あー、すみませーん。ちょっと前見えてなくて」

 あたしはそれほど悪びれた様子もないしぶつかった相手にそういうと

「…………」

 沈黙が帰ってきた。

「あ、星野さんか。ごめん、ぶつかちゃって」

 誰かを確認したあたしはもう一度謝っておく。それからすぐに床に落ちた問題集を一つ一つ拾い集めていく。

「……別に」

 といいながら、星野さんもしゃがみこんで問題集を集めだす。

「おっ、ありがと。終ったらあたしが集めたやつの上に乗せてくれいいから」

 片手で床に散らばる問題集を集めては抱え込んでいく。

 星野さんも手伝ってくれたおかげでそんなに時間もかかんないで集め終えたけど、ここに星野さんの集めた分がのせられると思うと結構つらい。

「んじゃ、星野さんこの上に乗せてくんない?」

「……………」

 星野さんは無言で近寄ってくる。目の前まで来て、あたしは重量がかかることに覚悟を決めていると少しあとにはその反対のことが起きた。

「……?」

 軽くなった。

「……半分、持つ」

「あ、ありがと」

 手伝ってくれるとは予想してなかったからちょっと驚く。

「……いい。お礼。この前の」

「そっか。うん、あんがとさんっと」

 言葉を交わしたのはこれだけだったけどなんだか少し嬉しくもあって荷物と共に軽くなった心で職員室に運んでいった。

「っくー。つかれた」

 星野さんのおかげで楽に仕事を終えて職員室から出ると軽く背伸びを一つ。

「…………」

 星野さんは予想通りの無表情。

「いやー、助かった。ありがと」

 とりあえず、職員室の前なんて居心地のいい場所でもないから歩き出しながら改めて御礼を述べる。

「……お返し、した。だけ」

「ま、それでも助かったから。そだ、時に星野さんこんな時間まで校舎ん中でなにやってたん? 部活? ってか、なにか入ってたっけ?」

 フルフル。

「そか、んじゃなにやってたの?」

「……靴、さがしてた」

「……靴?」

 その単語と、探すって単語が結びつかないんだけど?

「……たまに、なくなる」

「それって……隠されるってこと?」

 ……コク。

(…………っ)

 頭がぐつぐつと煮えてくる。胸の奥から湧いてくる熱い気持ちが体から溢れて実に不愉快な気分がこみ上げた。

「なにそれ! 中二にもなってそんなくだらないことするやつがいんの!? バッカじゃない」

「…………」

 あたしは思わず声を荒げて星野さんに厳しい顔するけど、星野さんは別段何にも感じた様子はなく涼しい顔っていうか、無表情。

「……何で、水梨さん、怒るの?」

 しかも、的外れなことを言う。

「は、はぁ!? そら、怒るよ!」

「……水梨さんには、関係、ない」

「か、関係あるとかないとかじゃなくて、そんなバカなことするやつがゆるせないの。星野さんに文句があるなら直接いえばいいじゃん。んな陰険なことなんかしないで」

「……どうでもいい。興味、ない」

 星野さんはあくまで無表情で声にも特に感情が感じられない。

「……じゃあ」

 しかも、あたしの憤りもそっちのけでさっさと行こうとする。

 関係ない。どうでもいい。興味ない。

 そういった背中を黙って見つめる。

 ここで漫画とかだったら、

 あたしはそんなこといった星野さんの言葉にある心細さを感じ、背中からは助けてと小さく叫ぶ声が聞こえた。

 とか、あるのかもしれないけど、そんなものをあったとしても敏感に感じられるほどあたしは鋭くもない。

 ただ、あたしが思うのは

「……あたしは、興味湧いたね。星野さんに」

 と呟いから

「星野さーん。あたしも手伝うわー」

 星野さんのことを追いかけて無理やり靴探しを手伝いだした。

 

 

 この時は、靴は下駄箱近くのかさたての中にあったけど、無理やり聞き出すと小物とかもなくなったりするとかで……まぁ、隠すだけで盗まないところが犯人の気の小ささって感じだけど。ゆめのことが心配っていうか、いじめへの怒りっていうか、とにかくゆめのことが気になりだしてたから教室でも他のことでもちょっかいだし始めたんだよね。

 何回かあたしとゆめが一緒にいるところをみたのか美咲も委員会が一緒ってこともあっていつのまにかかまうようにもなってて。

 ゆめはなかなか心を開いてくんなかったけどね。

 大抵のことは「…………」だし、たまにしゃべっても一言ふたことだし。……興味ないとか、関係ないっていうことも多いし。ゆめからしたら結構うざかったのかもだけど。

 ま、そんなこんなで結構話すようになったんだよね。

 ……一方的だったけど。

 

 

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