玲が沙羅を許せないのは、単純に望にひどいことをしたからではない。

 許せないのは、望に好かれているくせにその気持ちを踏みにじったことだ。

 望の気持ちを無視して、自分の欲望だけを叶えようとしたから。

 望の性格を利用して、望を傷つけ続けてきたから。

 そして……再び望を傷つけたから。

(……なんなのよ、あいつは!)

 玲は望の部屋で、ベッドに眠る望を見つめながら十数分前にあったことを思い出す。

 自然に力の入るこぶしを握り締め、はき捨てるようにそれを思う。

(なんで、あんなことが言えるのよ)

 沙羅が望に言ったセリフ。沙羅がどんな気持ちで言ったのか、それはわからない。しかし、良くも悪くも沙羅の言葉が本気だったのは、玲にもわかった。

 あれは沙羅の本気の気持ちだ。

 望が好きな、望を好きな沙羅の本気。

(絶対に許せない………)

 それは間違いない気持ちだ。もう、許すことなどはできない。

(……けど)

 と、そこに逆説の接続詞が続いてしまう。

 それを不快に思う心のまま玲は望を見下ろした。

 気を失ってしまうほどのショック。予想外だったということ、今までどれほどの気持ちをぶつけられて来たのかは知らないが、それでも望にとって沙羅の言葉は予想外のことだった。

「……………」

 望はそれほどに……

(……違う! 悪いのは全部あいつよ!)

 望のことを誰よりもわかっているという自負のある玲は、自分の中を巡ったあまりに不快な思考を唾棄する。

(でも……望は……)

 はき捨てたはずなのに、その思考は完全になくなることはなくまた玲の心の一部を犯し始める。

 

「やめ、て……玲」

 

「のぞみ……」

 ギリリっと音が出てしまうそうなほどに、奥歯を噛む。

 あの異常な状況下で出てしまう気持ち。

 それは、自分の中にあるなによりも大きな気持ちなのだろう。

 玲の沙羅への怒りも、沙羅の望への憎しみも、あの場だからこその本音だった。

 であれば、望の本音は……

(……くそっ!)

 やっぱり、自分で自分を不快にさせてしまう玲は沙羅の言葉を受けて、望の気持ちが変わっていることを願い、妹の目覚めを待った。

 

 

 望は昔から、うなづいてしまう人間だった。

 思っていることを中々口には出せず、誰にでも本音じゃない笑顔のままうんと言ってきた。

 誰かに嫌われるのは嫌だったし、できないことを、理不尽なことを言われるわけでもない。

 うんとうなづけば、それですむ。嫌われることもなく、人ごみの中で孤立することもなくやっていけるのだ。

 でも、つらくなかったわけじゃない。嫌じゃなかったわけじゃない。

 だから、うれしかった。かっこよかった。

 沙羅のことが、好きになった。

 親友。

 いつのまにかそう思うようになっていた。

 沙羅のためだから、頑張れたし、沙羅がいたから少しだけ前を見て歩けるようになった。

 一緒にいるのが、楽しくてうれしくて、他の誰といるときよりも自分らしくいられる気がした。

 ずっと一緒にいたいって思った。

 沙羅も、そう思ってくれていると勝手に思い込んでいた。

 しかし

 

「私の好きは、こういう好きなのよ」

 

 キスされたときは、わけがわからなくて。

 それ以上のことは、頭が真っ白でただ怖くて、恐ろしくて、わけがわからなくて。

 何を言えばいいのかわからなかったし、沙羅が何を求めてるのかだって見当も付かなかった。

 でも、とにかく離れたくなかった。

 沙羅と離れ離れになるなんて絶対に嫌で、嫌で、嫌で。

 口から出た言葉は、あまりにも安易で、安直で、愚かしい台詞だった。

 何でもいうことを聞く。

 どうすればいいのかわからない。どうやったら沙羅と仲直りできるのかわからない。

 でも、離れたくない。

 友達じゃなくなるなんて嫌。

 それだけが望にはあって、何を言われても、何をされても沙羅から離れられなかった。

 本当は気づいていなかったわけじゃない。

 うすうすはわかっていた。

 沙羅に嫌われてしまっているんじゃないかと。最初は、ほんのちいさな感情でしかなかったのに沙羅のいうことを聞いていくたびどんどん積み重なっていって、いつしか目を向ければ気づけるほどにその感情は大きくなっていた。

 ひどいことをされているという自覚もあった。

 でも、そんなことを考え出したらもう沙羅とは話せそうもなくて、ずっと目を背き続けてきた。

 ひどいことをされても、嫌われてるかもしれなくても、何でもいうことを聞けば沙羅が友達でいてくれるのだという自分勝手な思い込みに盲信していた。

 ひどいことをされている、耐えているのは自分だ。

 そんな思いは望の中に確かにあった。

 だが、

 

「どれだけ私を傷つけていたのかわかる?」

 

 沙羅の口から出たのはそんな言葉だった。

 自分こそが耐えていたと思っていたのに、我慢しているのは自分だと思っていたのに………沙羅の気持ちは本気すぎた。

 それが全身から痛いほどに伝わってきて、

 あのキスをされたとき以上にわけがわからなくなった。

(……私が、沙羅を傷つけた………)

 それはきっと本当のことで、沙羅こそがずっと耐えてきた。

 それがわかって、その次に思ったのは

(……私、沙羅に嫌われちゃってるんだ……)

 今まで目を背き続けたことだった。

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