それは年が明けて少しすると町はそれ一色に染まり、そこかしこから甘い香りが漂ってくる。

 それは真冬の真っ只中、心まで冷やしてしまいそうな日々の中、女の子たちが寒さを塗りつぶしてしまうかのような熱を持つ日。

 悲喜こもごもの完成がこだまする一大イベントの一つ。

 バレンタインデー。

 最近の調査では十月末のお祭りに商業規模が比肩されたらしいが、それでも勢いが落ちることはなく今年もその日に向けて女の子たちは期待を高める。

 ……はずだ。

 どんなものにも例外は存在し、それに左右されることなく単なる日々の中の一日と考える者もいた。

「ねー、玲菜ちゃん」

 祝日の夜。結月は毎晩しているように玲菜の部屋を訪れてはベッドの上で膝枕をされる。暖かく柔らかなその極上の感触を頭の裏に感じながら、ずっと懸念していたことについて聞くことをにした。

「何だ?」

 玲菜はそんな結月の髪を指で弄んでいる。きめ細やかな髪の間に指を通らせる感触が実はお気に入りだ。

「明日学校行かないほうがよくない?」

「? 明日は平日だが? まぁ、確かに明日休めば四連休になるからな、その気持ちもわからないでもないが」

「そうじゃなくて、明日は……ほらー、その……」

「明日? 何か気になるようなことでもあったか?」

 ここまで言えば何のことなのかはわかりそうなものだが、いくら玲菜のトラウマが解消としたとしても性格そのものが変わったわけではなく、こうした鈍さは相変わらずだった。

「バレンタインだよ、バレンタイン」

「? 明日は十二日だが?」

「本番は十四日だけど、日曜だから学校じゃ明日のなるの!」

「ふむ……? そういうものなのか。いや、というかそうだとして何故明日行かないほうがいいということになるんだ?」

「……はぁ」

 玲菜の無自覚に結月は大きくため息をつく。玲菜のトラウマが解消されて以来、玲菜はよく笑うようになった。これまで結月や部活の仲間としかまともな交流を持たなかったが、クラスメイトや後輩とも徐々に話すようになっている。

 それは玲菜にとってよい変化だと結月も自覚はある。

 だが、それによって玲菜の人気は上昇した。もともと後輩を中心に文句のない人気ではあったが、その時には玲菜の性格もあり近づきがたいというイメージを持たれていたが、今はその印象は少なくまさに憧れの的になっている。

 結月との関係を察しているものもおり、普段はそれほどアプローチをかけられることもないが

「これを期に玲菜ちゃんに告白してくる子もいそうだってこと」

 結月の視点からは本気でそれがありえると思っているが

「ふふ、何を言っている。そんなことあるわけないだろう。それも私に。確かに去年は何個かはもらったが、冗談みたいなものだろう」

 去年は確かに玲菜は数個受け取ってきたようだった。だが、それは玲菜がまるで学校になじめていなかったころだし、玲菜の人気は同級生以上よりも下級生中心だ。まして、最近の玲菜の態度を思えば起きることは想像できる。

「まぁ、お前の気にするようなことはないさ」

「……だと、いいんだけどねぇ」

 

 当たり前というべきか、結月の心配は当たった。

 登校途中は結月が一緒のため遠慮するかと思われたが、バレンタインの熱に浮かされた少女たちの前には効果がなかった。

 校門をくぐる前から突然現れてはチョコを押し付けるように渡すものもいれば、学校の敷地に入った後は結月がいるというのに玲菜を連れ出すものもいる。

 結局昇降口にたどり着くまでに十個近くのチョコを玲菜は受け取っていた。

 さらには

「……なぁ、結月」

 自分の下駄箱を見つめた玲菜はあごに手を当てながら何かを思案顔で結月を呼び止めた。

「もしかして、これはあれか。どっきりというやつか? 何か示し合わせて私をからかっているんじゃないのか」

「……言いたくなる気持ちはわかるけどね」

 結月もまた玲菜の下駄箱に詰め込まれたチョコの山を見て呆れにも近い感覚を抱く。

 もらうだろうとは想像していた。しかし、結月と玲菜の関係を察しているものも多く、それほどにはならないと結月も高をくくっていたが現実は結月の予想を遥かに超えていたようだ。

 バレンタインと恋の炎の前では絶対の超えることのできない絶壁にすら希望を見出すものらしい。

「何にも企んだりなんかしてないし、これちゃんと全部玲菜ちゃん宛てだよ。まぁ、中には記念受験的な意味も子も多いだろうけど。本気な子も結構いるんじゃないかな」

 結月は玲菜の無自覚に呆れながらも半ばあきらめてもいた。結月として面白い展開ではないが、告白を断れとは言えても告白をされるなとまでは言えない。この日くらいは仕方がない。

「………ふむ」

 玲菜は再び思案顔をする。それに気づかず結月はスクールバッグからごそごそと何かを取り出し、玲菜へと差し出した」

「はい、これ」

「ん? なんだこれは?」

 玲菜が受け取ったのは何の変哲もない紙袋だ。

「チョコ入れるのがないと困るでしょ」

「あぁ、なるほどな。準備がいいな」

「……玲菜ちゃんが悪いだけだよ。今日一日大変かもしれないけど頑張ってね」

「……? あぁ」

 相変わらず反応の鈍い玲菜を見ながら、どうなってしまうんだろうと恋人の心配をする結月だった。

 

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