その日一日中玲菜に自由はなかった。
休み時間になれば主に下級生がやって来てはキャーキャーと黄色い歓声をあげながら玲菜へプレゼントを渡していく上に、時には人気のないところに呼び出されることもあった。
いつもよりも長く感じた一日を終え放課後になることには両手いっぱいに紙袋を抱えなければならないほどになっていたが、それでも玲菜の苦労は終わらない。
邪魔になるだろうから部室には来ると結月には言い渡され帰ろうとはしていたのだが、放課後になっても人の波は衰えることなく気づけばあたりも暗くなっている。
せっかくだから結月を待つことにした玲菜はそのことを連絡すると大人しく教室で待っているが、訪問者はたびたび訪れる。
「あ、あの久遠寺先輩」
今日何回同じ表情を見たかわからない。頬を紅潮させ、緊張に声を震わせながらも意志を宿らせ、手には想いを詰めた贈り物。
「こ、これ受け取ってください!」
憧れと恋の混ざり合ったような熱情のこもった瞳で目の前の少女は玲菜に包みを差し出した。
「あぁ、ありがとう。確か、間宮さんでよかったかな」
何度目かもわかったものでないというのに玲菜はそんな感情を表には出さず柔らかく微笑みながら少女の名前を呼んだ。
「っ!? わ、私のこと知ってるんですか」
まさか玲菜に名前を呼んでもらえるなどと想像しなかった少女は瞳を輝かせながら口元の笑みを隠せずにいる。
「知っているも何も年が明ける前に一度話しただろう」
「そ、それは……そう、ですけど」
それは事実だが、たまたまクラスから何人かを出して行事の手伝いをする際に一緒になった時に一緒になっただけだ。確かにその時に名乗ってはいたがまさか玲菜が覚えているとは思っておらず予想外の展開にドギマギとしてしまう。
「あの時君はよく働いていたからな。チョコありがとう。嬉しいよ」
「い、いえいえ! そ、そんな、もう久遠寺先輩はいっぱいもらってるし私のなんか全然大したものじゃないですから!」
「私のことを想って持ってきてくれたんだろう。中身よりもその気持ちが嬉しいよ」
「っ〜〜〜」
漫画のような展開に少女は身を打ちふるわせながら、歓喜に笑いが収まらない。
「来月にはお返しをさせてもらうよ」
「あ、、そ……その……えと」
玲菜がこんな態度を取ると思っていなかったのか想定外のことに少女は半ばパニック状態となり言葉も出てこず、
「お、お気遣いなく!」
嬉しいはずの展開に耐え切れずに逃げるように去って行ってしまった。
「ふむ」
玲菜はその姿を見送った後自分の席に戻ってもらったチョコを袋へと詰める。
決して乱雑にすることはなくきちんと揃えているところが玲菜らしい。
「なぜ逃げるんだ?」
チョコをしまいながらもそれを疑問に思う玲菜はつい口に出してしまった。二人きりで話すとあのように逃げられてしまうこともしばしばだった。
「やはりもっと愛想よくならないとダメか」
などと検討違いのことを想っていると
「……いや、あれじゃ逃げるでしょ……」
背中に結月の声。
「む、来たのか結月。待ってたぞ」
「ねぇ……玲菜ちゃん、誰にでもあんなのなの?」
振り返り結月の顔を見た玲菜はなんだと首をかしげる。
「何がだ?」
「チョコ持ってきた子にいつもあんな態度取ってたの」
「誰にでもというわけではないさ、全員の名前を憶えているわけではないしな」
「覚えている子にはあんなのだったわけ?」
「まぁ、大差はないか」
「………心配とかはしてないけどさ」
「何のことだ?」
気づけば結月が不機嫌になっているのを察し首をかしげるがその理由には気づけない。
「べっつに。ほら、もう帰ろ!」
玲菜には謎な理由で機嫌を悪くした結月は踵を返すと教室のドアへと戻ろうとするが、
「あぁ、今行く」
と、言いながらも両手いっぱいにチョコを持った玲菜にさらに機嫌を悪くする。
だが、これで一日が終わったと思っていた結月はこの後ますます機嫌を損ねていくことになる。