姫乃が玲菜に初めて会ったのは小学校五年生の時だった。
病気で休んでいるという結月のお見舞いにと訪れた時の正門。
そこが姫乃が運命の出会いを果たした場所。
「ふぁー」
姫乃は口を大きく開けて目の前の現実を見た。
まずあるのは大きな門だ。ここまで続いてきた白い壁が途切れ、装飾のある鉛の門が立ちはだかっている。高さも姫乃の身長の倍、いやそれ以上はある。
(お金持ちだっていうのは知ったけど)
これほどとは思っていなかった。
(まるでお姫様みたい)
家というか、屋敷の外見はそんな洋風の城とはかけ離れているが姫乃はそう思った。それほどに現実離れして感じられたのだ。
(って、驚いてないで中にいれてもらわないと)
今日ここに来た目的はあくまでお見舞いなのだ。こんなところで驚いている暇などない。とにもかくにも中にいれてもらわなければ話にならない。
「あれ?」
と、チャイムを探した姫乃だったがそれが見当たらない。姫乃は気づけていないがここは車用の門であり、人用のものは別のところにあるのだが姫乃はそこまで気が回らず不思議な顔で門と屋敷を見比べるのみ。
「君、何か用だろうか?」
どうしようと首をかしげていると背後から声をかけられた。
凛とした静謐な声。
その声にひきよせられるように振り向くと。
(ふぁ………)
流れるような黒髪。知性を感じさせる切れ長の瞳。端整な顔立ちに長身の体。
体のどこを見ても美しいと表現するしかない女性が姫乃の目の前に立っていた。
(綺麗な、人……)
「君は……結月の友人だろうか?」
その女性、玲菜はぼーっと自分を見つめる姫乃にありえそうな可能性を口にする。
「あ、は、はい。も、もう一週間近くも休んでるのでお見舞いに」
最初の返事こそ少々声が裏返ってしまったがどうにか用件を伝えることができた。
「そうか。ありがとう。結月なら部屋にいる。もう風邪は大分治ってきているのだが念のため今週は休むことにしたんだよ」
言いながら玲菜は姫乃を手招きし人ようの一回り小さい門へと案内する。
そっちだったのかと玲菜に気づかれない程度に恥ずかしさを感じて姫乃は玲菜についていく。
(結月のお姉さん?)
玲菜の背中を追いながら当然考える可能性を思う。
(高校生くらいかな?)
門を抜けてから家に入るまで、整えられた庭園や近づいてきた屋敷など見るものや驚くものはあったが玲菜のことだけに心を奪われる。
(すごい大人っぽいし、かっこいいな)
一目ぼれをしたというわけではないはずだが、視線は玲菜のことを追うばかり。
「ん。そうだ」
と、玲菜が急に振り向いて姫乃を見つめた。
「は、ひゃい!?」
話しかけられると思っていなかった姫乃は急なことに変な声を上げてしまう。
「……………」
それが怯えられたように感じて閉口する玲菜。
「あ、あの?」
「いや、一応名前を聞いておこうかと思ってな」
「は、はい……か、片倉……ひ、姫乃、です」
「ふむ。やはり君が【姫乃ちゃん】だったか」
「へっ!? わ、私のこと知ってるんですか」
「結月がよく名前を出すからな。わざわざ見舞いに来てくれるとは感謝するよ。これからも結月と仲よくしてくれると嬉しい」
「は、はい。それは、もちろん」
言っていることは姉というよりも母のようだなと思いながらもなぜか会話を続けることができたことに達成感と喜びを感じてしまう姫乃。
「あの、お姉さんのお名前はなんていうんですか?」
調子に乗ってと言うわけではないが必然性のないことを聞いてしまう。
「お姉さん……? あぁ、私は結月の姉ではないぞ」
「え?」
「久遠寺玲菜という。この家には……事情があって住まわせてもらっている。まぁ、結月は妹みたいなものではあるがな」
それを複雑な表情で述べる玲菜。
こんな何の変哲もない出会いが姫乃が好きになる人との初めての時間だった。
玲菜と出会ってから姫乃は結月の家を訪れることが多くなり、玲菜と顔を合わせることも多くなった。
玲菜に会いに来ているというわけではないが幸いにして結月が玲菜を部屋に呼ぶので必然話す機会も増えた。
「そういえば、最初君は私のことを随分年上に思ってたらしいな」
今日も結月の部屋でティーパーティー。
部屋中央のテーブルでお菓子を囲みながら他愛もない、しかし玲菜にとっては珍しい【普通】の時間。
「そ、それは……」
「うんうん。最初なんて玲菜ちゃんのこと高校生かって聞いてきてたんだよ」
「だ、だって玲菜さんはすごく大人っぽいし、背も高くてかっこいいし、一つ上だなんて思わないわよ」
もうこのころは玲菜のことをある程度知っている。玲菜が学校に通っていないことも含めて。
「まぁー玲菜ちゃんは確かに子どもらしくないけどね」
「む……別にこれも個性というもんだろう。すべてが年相応である必要もあるまい」
「でも、憧れちゃいます。私も玲菜さんみたいになりたいです」
玲菜のことをある程度は知っている。しかしすべてを知っているわけでもなく玲菜の爆弾がどこに潜んでいるかまではわかっていない。
「…………………」
玲菜が言われたくないことを、玲菜に言ってはならないこと言ってしまう姫乃。
「……………私のようになど」
「んっーーー」
玲菜が何かを言おうとした瞬間。結月が大きく背伸びをする。
ポフ。
そしてそのまま玲菜の膝に頭を乗せる。
「なんだいきなり」
「お腹いっぱいになったからちょっと横になりたくて。いいでしょ」
「それは構わんが」
(え? え?)
あまりに自然に膝枕をする二人にただ困惑してしまう姫乃。
姉でもなく一緒に住んでいて、それでいて本当の姉妹以上に仲睦まじい。
(……この二人って、どういう関係なんだろう……?)
あくまで結月の友人としてそれを気にしていたはずのこと。
それが玲菜のこととして気にするようになったのは玲菜と出会ってから一年以上が過ぎたころだった。