「…………玲菜ちゃん」
初めて玲菜から求められた翌朝。
陽の光が照らす室内で結月は一糸まとわぬ玲菜に体を寄せながらその顔を見つめていた。
今は穏やかな顔をしているが数時間前にはいつもの玲菜から想像できないほど乱れていた。
熱く、激しく、燃え盛る激情を結月へとぶつけた。それは自分どころか結月までも焼きかねないほどの熱さで、あの冷静な玲菜がどれだけ心の均衡を失っていたか嫌でもわからせる夜だった。
(………何か、あったんだろうな)
玲菜が自分から結月を求めるなど通常ならありえないことだ。正確に言うのなら玲菜が自分から肌をさらすことが、だ。
結月を拒むことはしないとしても、玲菜は傷をさらすことを極端に嫌う。その玲菜が自分から肌をさらし、心をごまかすように結月を求めた。
愛してくれ。
その言葉が心に突き刺さる。
それがただの恋や愛でないことが結月にはわかる。他の誰にわからないとしても、玲菜の過去を知る結月にはわかってしまう。
(やっぱり……それが原因なんだよね)
玲菜が心を乱す理由。玲菜がリストカットをする理由。結月はそれを察しているつもりだ。解決する方法はわからずとも。
(けど……それだけじゃないのかな?)
今回玲菜が乱れた原因。それはきっと玲菜が一人でなったことじゃない。何か他の要因がきっとあった。
それは
ピピピピ。
「っ」
何かを思おうとした結月の耳にケータイの着信音がなった。
まだ朝だし、そもそも相手が誰であろうとそんな気分ではない。玲菜以外と話しをする気分ではない。
ないはずだが
「…………姫乃ちゃんか」
どこか想像をしていた相手の名前が表示されていて、
「……はい」
結月は電話を取っていた。
電話を受けてから一時間と経たないうちに結月は姫乃の部屋を訪れていた。
そこは一生訪れないとは思っていなかったものの、次に訪れることを想像していなかった場所。
「……いらっしゃい、結月」
その場所の主である姫乃は招待した側ではあるものの複雑な思いを抱いたままやってきた結月に声をかける。
「……うん」
結月も同じように心をうつむけたまま姫乃の言葉を受けた。
結月が今日ここに来た理由。それは、姫乃が結月を呼んだのと同じ理由。
玲菜のためという理由。
朝、電話に出た姫乃が口にしたのは玲菜のことで話があると口にした。それを聞いた瞬間、結月は玲菜の様子がおかしかったのは姫乃が原因だと確信した。でなければ、あれだけやり合った後姫乃が結月に連絡をしてくるなど考えらえない。
それに玲菜に何か影響を与えることができるとしたら、結月を置いては姫乃が一番可能性が高い。唯一結月以外で何年も付き合いのある相手だったのだから。
「それで……話って、何?」
玲菜に影響を与えたということを悔しくも思う結月は素直になることはできず少し棘のある言い方をした。
「玲菜さんのこと教えて。結月が知ってること全部。お願い」
姫乃は即答し、頭を下げた。結月にあんなことを言って置いてという迷いもあるが、それよりも何よりも玲菜のことを知って、玲菜の力になりたいと思っているから。
「………玲菜ちゃんが嫌がってるでしょ。そういうの」
対する結月は、どこかで自分の心を決めているもののひねくれた答えをしてしまう。
「姫乃ちゃんだってわかってるでしょ。簡単に言えることじゃないって。玲菜ちゃんのいないところで簡単に言っていいことじゃないことくらい」
「わかってる」
「だったら……」
「それでも……教えて」
「っ………」
瞳を潤ませながら懇願する姫乃に結月は今までにない思いを感じた。
今姫乃にあるのは自分が知りたいからというだけの理由じゃない。玲菜に直接聞きに行かないのは、玲菜のためだ。
「………………」
対して自分はどうなのかと考えてしまう。
もちろん、玲菜のことは簡単に話していいことではない。それが玲菜の過去を知っている責任だし、玲菜を家に置いている責任でもある。なにより玲菜が知られることを望んでいないのに、玲菜のいないところで玲菜の秘密を他人に打ち明けるなど、玲菜のためには思えない。
(けど………)
このまま、姫乃に黙っていることが玲菜のためになるということも確信できない。
なぜなら、姫乃は自分以外で唯一玲菜の心を乱させた相手だし……なにより、自分一人では今まで玲菜を救うことはできなかったのだから。
「……私、玲菜さんに告白した」
「っ……」
結月が悩んでいる間に姫乃はさらに結月への攻勢を強める。
「キスをして、好きだって伝えた」
「……………」
結月はなんとなくではあるが、その光景が想像できる。
玲菜の答えも。
「けど、あの人は信じてくれようとしなくて……自分にはそんな価値なんてないって私の好きを信じてくれなかった」
(……だろうね)
それはおそらく結月相手でも一緒。
「それでも、何度も好きって伝えた。そうしたら、今度は………泣かせちゃった。理由はわからないけど、好きって思わない様にしてたって、そう言ってた」
(……そりゃ、そうだよ)
きっとそうでもしなきゃ、心を守れないんだから。
「……理由、話せないって言ってた。考えたくないって。そう言って泣いてた。………結月は、その理由知ってるんじゃないの」
「……どっち、の?」
「両方。玲菜さんが好きっていうのを信じてくれなかったこと。その理由を話せないって言ったこと」
「…………」
結月は玲菜ではない。玲菜ではないが、わかる。姫乃の問いに対する回答は結月の中で確信をもってある。
それを姫乃に伝えて、二人で玲菜のために何ができるかを考える。それが理性的且つ、現実的なことなのかもしれない。
(でも………)
決心のつかない結月だったが
「…………お願い」
「っ」
深々と頭を下げてきた姫乃の姿に
「………………玲菜ちゃんは、両親に捨てられたの」
答えを口にしていた。