(……結局こうなるのかぁ)
結月の家から出た姫乃は空を見上げながら思った。
青い空に白い雲。
姫乃の気持ちと連動してとはいかないが、爽やかな秋の空だ。
「…………………」
そんな空を見上げながら姫乃は帰路を歩いていく。
その心の中は複雑だ。
雨は降っていないが、晴れてもいない。かと言って曇っていると表現するほど淀んでもいない。
ようするに複雑な気分だ。
(後悔は、してないと思うけれど)
この一連の自分の行動について後悔はしていない。
玲菜に告白したことも、結月と仲直りをしたことも、今玲菜と話したことも。
(……結月と話してって言ったこともね)
後悔はしていないし、結月の親友として、玲菜を想う一人の人間として正しいことをしたはず。
ただ、正しいことが自分の望みと一致しているとは限らない。
その恋におけるありがちで、とても大切な気持ちが今の姫乃をなんともいえない気持ちにさせた。
(…………終わっちゃったのかな、やっぱり)
今日玲菜を尋ねたのは、玲菜のためであり、結月のためであった。
姫乃にとって大切な二人。その二人のすれ違いを正すために玲菜に会いに行き、それを果たせたと思う。
それはもしかしたら自分のためでもあったのかもしれないが、本当の望みではない。
好きな人に笑顔になって欲しいという気持ち、幸せになって欲しいという気持ちそれは本心であるが、それをするのが自分ではないという現実。
(……難しいなぁ)
好きな人が幸せじゃなきゃ自分は幸せになれないのに、好きな人が幸せになれたからと言って自分が幸せになれるわけじゃない。
そして、それがわかっても好きな人の幸せを願わずにはいられない。
それこそが恋の皮肉であり、もしかしたら醍醐味でもあるのかもしれない。
(……なーんて、簡単には思えないけど………それでも)
姫乃は立ち止って回れ右をする。
視線の先に結月の家を、玲菜の部屋を捕らえて………
「……………ふぅ」
そう簡単に割り切ることはできず小さなため息を漏らす。
「……まだ、やることがあるんだった」
それから最後にすべきことを思いお越し家へ向かっていった。
「ただいま」
家に帰りついた姫乃は部屋の隅で小さくなる親友にそう声をかけた。
「姫乃ちゃん……おかえり」
親友、結月は姫乃の姿を見ると弱々しく答える。
「……玲菜さんと話してきた」
「っ」
わかりきっていたことを報告されたが、結月は怯えたように「そうなんだ」と力なく答えた。
(……ほんと、この二人って似てるな)
お互いを想うあまり、互いに嫌われることを恐れている。相手を傷つけることを恐れている。
最初、姫乃は玲菜と話しに行くのに一緒に行くべきだと誘った。玲菜を想う人間としては面白くないことだが、それこそが最善の道だと感じたから。
だが、結月はそれを拒絶した。
玲菜の秘密を話してしまったことに怯え、会う資格がないなどと言った。
そんなわけはないという確信は姫乃にはあったものの、思い込む結月を説得できずに一人で玲菜のもとを訪れたというわけだ。
「先に言っておくと、玲菜さんはあんたのことを怒ったりなんかしてないから」
「……………」
「というか、結月が玲菜さんのことを想ってしたことで、玲菜さんが怒ったり悲しんだり本気でするって思うの?」
「それは……想いたくない、けど……」
歯切れ悪い言葉が続く。
それを聞き姫乃は言い方が悪かったかもしれないと反省する。
普通なら姫乃の言ったことは正しい。しかし、玲菜の自傷行為に関しては別の話だろう。
結月は本気で玲菜を心配し、救いたいと願い行動をしただろう。しかし、結果として二人が傷つくこととなった。その経験が結月を、いや玲菜を含めて互いへの踏み込めない一線を引くことになってしまった。
「玲菜さんにも言ったけどさ、結月は玲菜さんが本気で結月のことを嫌うなんて思っているの? あんたが好きな人は、本気で自分のことを想ってくれる相手を嫌ったりする人なの?」
「っ………」
「玲菜さんは……あんたのことが大好きよ。………世界で、一番ね」
(なんて、損な役回りをしているんだろう)
親友を説得しながら姫乃は心の中でシニカルに笑った。
好きな人と親友の仲を取り持とうとしている。それが自分の恋の終わりを自分で招くと知りながら。
(……知っているから、こそかもしれないわね)
「……ちゃんと、話してきなさいな。悪いようにはならないわよ」
もっともそれは姫乃の言葉が玲菜にきちんと届いていればということではあるのだが、それに関してはあまり心配をしていなかった。
きっと大丈夫だと思える。その程度には玲菜のことをわかっているつもりだ。
「……でないと、私が浮かばれないじゃない」
本音半分、結月をけしかけるため半分に姫乃は言う。
「っ……」
姫乃の気持ちを知る結月はその言葉を無視できず、申し訳なさそうな顔で姫乃を見返した。
「……………」
「そんな目で見るくらいなら……」
玲菜さんと幸せになってよ。
そう言いかけてやめる。
「玲菜さんと話、しなさいよ」
「……………う、ん」
結月が小さく頷いた。それはおそらく玲菜のことを信じたというよりも姫乃のためという理由の方が大きいのだろう。だが、理由などどうでもいいと姫乃は想う。
(……絶対に……うまくいくに決まってるんだから)
それがわかってしまうから、どんな理由でも結月が玲菜に会いに行くということを姫乃は受け入れ。
「あ、そうだ」
とあえて明るく口にして結月へと近づいた。
「え?」
何事かと驚く結月に姫乃は
パン
と、軽く頬を叩いた。
全力ということは決してないが、はっきりと痛みは感じる程度のビンタ。
「このくらいはさせてもらう。もし、玲菜さんとうまくいかなかったら全力でお返ししていいよ」
そうならないという確信。だからこそ、先にこんな嫌味が言えた。
「………うん。ありがとう姫乃ちゃん」
しつこいほどに、大丈夫という気持ちを受け結月はようやく微笑む。
そのわずかな笑みに姫乃は
「……なら、早く行って」
自らに恋の終わりを感じて
「……うん。ありがとう」
「………………」
結月の去った部屋で、ようやく区切り涙を流すのだった。