玲菜自身がなんども口にしているように玲菜は部長ではない。結月に請われ名簿に名前はあるし、毎日欠かさず部室を訪れてはいるが、玲菜自身は自分のことを幽霊部員のように考えていた。

 その理由は様々だがまず玲菜がそう思うのは自分では劇に参加するつもりはないからだ。

 部活紹介であれだけのことをしておきながら、今さらだが玲菜は人前に出ることを得意とはしていないと考えている。どうしても人が足りなさそうだったら参加することも考えていたが幸いにして結月を含め五人いればある程度のことはできるだろう。

 なので玲菜は今日も部室でソファに座りながら、練習を眺め、本を読む。ほとんどの日ならそのまま終わりまでいて、結月と一緒に帰るのだが

(む、もうこんな時間か)

 ふと時計を見上げた玲菜はパタンと本を閉じる。

「結月、私はそろそろ帰らせてもらうぞ」

 玲菜は手早く帰り支度をすると立ち上がって本来の部長である結月にそう告げる。

「あ、わかったー」

「えー玲菜先輩帰っちゃうんですかー?」

「あぁ、今日は早く帰らなければならないのでな」

「ぶちょーってたまに早く帰るよね。なんで?」

「ん? 今日は夕飯を作る日だからな」

「え、久遠寺さんがみんなの分作るの」

「あぁ、そうだが」

 あえて話に入らない結月と姫乃を置いて事情を知らない三人は、家族の夕飯を作るという玲菜にすごいと口々に告げる。

 その反応は普通だろう。この年にもなればある程度料理はできるかもしれないが、平日に家族の分を作るというのはそれほどないはずだ。

 だが、それは玲菜には当たり前のことでいつも通りクールにそんなことはないと返す。

 家族の夕餉を作るということでは誰も引き留めるわけにはいかず玲菜はそのまま部室の出口に向かって行った。

「そうだ、結月」

 が、何かを思い出したように結月へと声をかける。

「今日はお前の好きなものを作ってやるという約束だったな。何がいいかを聞くのを忘れていたが何がいい?」

「ちょ、玲菜ちゃん」

 わざわざ話に加わらないようにしていた結月は唐突にそんなことを聞かれ、姫乃以外のものがぽかんとする中慌てて声を上げる。

「ん? なんだ。ものによっては買い物をしていかないといけないから、早く答えてくれ」

「だ、だから玲菜ちゃんってば……その話は、ちょっと……」

「ん?」

 結月の思わぬ反応に首をかしげる玲菜。

「ねぇねぇぶちょー」

 そんな玲菜にいち早く状況を飲み込んだ、というよりも素直に反応した香里奈が玲菜に向かって

「ぶちょーとゆっきーって一緒に住んでるの?」

 結月と姫乃以外が思った疑問を聞いてきた。

「あぁ、そうだが? そういえば言っていなかったか」

 それに平然と答える玲菜。

「はぁ……」

 その裏では姫乃と結月がため息をつき、

「えぇ!?」

 天音が大きな声を出して、

「そう、なんだ……」

 洋子がどこか遠い世界の話のようにいい、

「いいなぁ、私もぶちょーと住んでみたい」

 香里奈があっけらかんとする。

「……ふむ?」

 玲菜は軽く腕組みをすると何を驚かれたのか不思議がって部員たちを見つめる。

「もう、玲菜ちゃん、それ内緒だっていったでしょ」

「ん、そういえばそうだったな。すまない」

「久遠寺先輩ってそういうところ、ちょっと抜けてますよね」

「? 姫ちゃんは知ってたん?」

 結月はともかくも、唯一冷静な姫乃に香里奈は姫乃へと問いかける。

「まぁ、私は結月の家に何回もいってるしね」

「ふーん、そうなんだー」

「えぇと、姉妹っていうわけじゃない、よね。苗字違うし」

 いまだ驚いたままの天音と違い、洋子は驚きから脱すると話に加わってくる。

「あぁ、姉妹というわけではないな。まぁ、君たちが気にすることではないよ」

「えー、気になるよー」

 香里奈はどこまでも素直に玲菜に向かって疑問をぶつける。

「初音さん。人の家の事情を探らないの」

「んー………言われてみるとそうかもねー」

 当人ではない姫乃が軽く香里奈を諭すと、意外にも香里奈はあっさりと引く。

 一般的に考えれば、高校生の身分で他人の家に住むということは普通のことではない。もしかしたら、それは大した理由ではないのかもしれないが、姫乃が言うように他人が口を挟んではいけない事情があることもある。

 だが、そもそも大した理由でないのなら、少しずれている玲菜はいざ知らず結月がその理由を説明しているだろう。

 香里奈以外はそれを察してか、好奇心を丸出しに聞いてきたりはしなかった。

「? まぁ、とにかくだ。結月どうなんだ? 何かリクエストがあるか?」

 当の玲菜は周りの気持ちを汲むこともなく、話が途切れたことで再び結月にそれを問いただした。

「えぇと……」

 もう一人の当事者である結月は玲菜とは対照的にまだ衝撃から抜け出しきれずに歯切れの悪い言葉を発する。

「今日は、玲菜ちゃんが好きなものを作ってくれて、いい、かな」

「そうか。ならそうさせてもらうことにするよ。苦手なものが出たからといって残すなよ。では、これで失礼する。戸締りはちゃんとしていけよ」

「う、うん。わかった」

 玲菜は結月が答えを聞くと、姫乃たちが口々にお疲れ様というのを背中に受けながら玲菜は部室を後にしていった。

 そして、ほとんどのものが場に残ったなんとも言えない空気に押し黙る中まったく話に入って行かなかった天音だけが別の意味を込めて玲菜の去ったドアを見つめるのだった。

 

 

 周りを背の高い壁に囲まれ、母屋の正面にある唯一の出入り口の門は装飾され人が出入りするには不釣り合いなほど大きい。

 一般人が外から見ただけでは内部を想像できないほど大きな母屋は実際にいくつもの部屋にわかれており、その一室、結月の部屋から二つ隣に離れた、玲菜の部屋で二人が話し込んでいる。

「もうー玲菜ちゃん。あの後大変だったんだからね」

「ふむ。それはすまなかったな」

 建物が大きいのと比例して、玲菜の部屋もまた広い。

 部屋の隅の大きなベッドにクローゼットが二つ。本がぎっしり詰まった本棚が三個に、勉強用とは思えないほどの大きな机。

 それらを置いても、まだまだスペースは開いており、この部屋でホームパーティーが開けそうなほどの大きさだった。

 その部屋の中、二人はベッドに上がり、昼間のことを話している。

「だが、隠すことでもないだろう?」

「いや、隠すところだよ。玲菜ちゃんと一緒に住んでるなんてわかったら、色々周りがうるさいじゃん。ただでさえ、玲菜ちゃん人気があるのに」

「? 人気?」

「あぁ、いいの。玲菜ちゃんは気にしなくても」

 玲菜は自分のことを評価していない上、無関心だ。だが、玲菜がどう思おうとその容姿と、部活紹介でのことにより玲菜は下級生の間では人気であり、憧れでもあった。

 その状況で一緒に住んでいると知られるのは結月にとっては色々面倒なことにもなりかねない。

「だが、あれだけ一緒にいるのだ。いずれ知れてしまうだろう」

「それは、そうかもしれないけど」

「私にとっては隠すことではないよ」

「……………そう」

 ベッドで寝そべっていた結月は玲菜の言葉に重く頷くと体を起こして、壁によりかかって本を読んでいる玲菜の横顔を見つめた。

 慣れている結月ですら、美しいと思う横顔。

 それを結月は思いつめたよう見る。

「でも、やっぱり隠しておこう。玲菜ちゃんのことあれこれ聞かれるの、やだもん」

 玲菜の体のある一点を見つめ、結月はそう告げた。

 その声には明確な意思が込められている。玲菜を守りたいという、結月の言葉にはしない意志が。

「そうか。お前がそうして欲しいなら私はそれに従うよ」

 玲菜はそれに気づくことなく、本から顔をあげると結月と視線を交わす。

 お互いを大切に想いながらも微妙にすれ違う気持ちに玲菜だけが気づかずに。

 

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