梅雨も明け期末テストも終わると本格的に夏が来たと感じる。運動部であればこれからが部活動の本番というところも多いだろうが、玲菜たちには関係なく今日もエアコンのない部室で練習に励むことになる。

「さすがに暑いですね」

 まだ部員がそろう前、部室で二人きりになった姫乃は手で自分を扇ぎながらソファに座る玲菜に話しかけた。

「夏だからな」

 玲菜は涼しい顔をして本を開きながらも姫乃に顔を向けて言葉を返す。

「熱いのなら脱げばいいのではないか?」

 それから下半身に視線を落として取りようによってはとんでもないことを続ける。

「いきなり脱げだなんて久遠寺先輩ってそんな人だったんですか」

「そうではなく、タイツを脱げばいいと言っているんだ」

 もう一度玲菜は結月の足元を見る。

 そこには姫乃が初めてここに来た時と同じように黒のストッキングが肌を隠している。この時期ではあまり見かけることのない格好だ。

「私、陽にやけやすいんですよ。夏なんかだとすぐ赤くなっちゃって。だから、めったに脱がないんですよ」

「ふむ、それは大変だな」

「というか、久遠寺先輩こそ暑くないんですか?」

「む、私か?」

「もう衣替えは一か月以上前なのにずっと長袖じゃないですか」

 姫乃の言うとおり、玲菜の格好もまた夏に似つかわしくないものだった。

 いまだに長袖の制服を着ている。生地自体は通気性のよい夏用のものではあるが、玲菜のように長袖にしているのは少数派だ。

「まぁ、熱くないわけではないが。直接陽が当たらない分涼しいぞ」

「かもですけど、学校にいたらほとんどそんな機会ないし半袖のほうがいいんじゃないですか」

「………かもしれんな」

「かもっていうかそうだと思いますけど」

 玲菜が普通とは異なる反応をするというのは知っているものの、時折こんな風に当たり前のことにすら妙なことを言うのはまだ慣れない。

(結月なら、わかるのかしら……?)

 そのたびにこんなことを思い、結局自分は玲菜のことをよく知らないことを思い知る。

 だが、そのことを口にできないものいつものことで

「あ、二人とも先来てたんだー」

 結月が来たのを合図にしたかのように部員がそろい始めて二人きりの時間は終わりを告げてしまうのだった。

 

 

 夏も本番が近付いてきたが、まだ夜になると涼やかな風が体にあたる。

 姫乃はベランダに出てその風を浴びていた。

「もうすぐ夏休みかぁ」

 テストも終わり、普通の生徒であればもうそれだけを楽しみに日々を過ごしていいはず。

「………ふぅ」

 だが、ポツリポツリと光る町の明かりを遠くに見やりながら姫乃はため息をついた。

 もちろん姫乃とて夏休みが嬉しくないはずはない。

 ただ、嬉しいだけでもない。

「部活……毎日はやらないって言ってたしなぁ」

 まだ確定したわけではないが、結月は週に二、三回くらいと言っていた。大会も何もない部活動としてはわざわざ長期の休みにそれ以上増えることはあまり考えにくい。それにお盆など、まったくない週もあるだろう。

「友だち………なんだし、結月のところに行ってもいいんだろうけど……」

 それも毎日というわけにもいかない。

 それに結月のところに行ったとして、それで望みが叶うとも限らないのはこの前証明されてしまった。

(……結月のことしか見てないと思ったのにな)

 一か月ほど前、結月と買い物に行ったときのことを思いだす。

 結月は玲菜も誘うからというから当然玲菜も来るものだと思っていた。しかし、その思惑は外れ、玲菜は香里奈の家を訪れたという。

 香里奈がというよりは香里奈の姉が誘ったということまでは知っていて、何か特別な用事だったのかもしれないと自分には言い聞かせている。

 その理由は姫乃を納得させられるだけのものではあるが、同時に何か特別なことでもなければ誘っても無駄なのかとも思ってしまう。

(そういえば、宮守さんとも出かけてたか)

 と考えるがそれも、演劇を見に行き母親に会うという目的があったことを結月から聞いたのを思い出す。

 意図はどうであれまだ玲菜と目的なく出かけた相手は結月以外には存在しない。

(私が誘ったらどう答えてくれるのかしら?)

 もう何年も前からそのことを姫乃は考えている。

 しかし、結月と玲菜の関係を誰よりも見せられてきた姫乃はそれを言葉にできたことはない。

 どこか誘ったところで結月と一緒というのは玲菜の頭にあるし、それを否定してまで二人きりということを強調する勇気なんてない。

 自分はあくまでも結月の親友としてしか見られていない。

「はぁ………」

 それを繰り返し自覚する姫乃はベランダの縁に頬を付けて

「………玲菜さん」

 と学校では口にしない呼び名で玲菜を呼んだ。

 

 

「はぁ……」

 翌日姫乃は、昨夜とはまったく別の理由でため息をついていた。

 もう昼間だというのはいまだにパジャマ姿でベッドに体を置いている。

「そろそろ、お昼休みも終わり、か」

 体を起こして壁の時計を確認するとどこか寂しそうにつぶやく。

(結構ましになってきた、けど)

 まだ頭に鈍痛が響く、それに体の節々も痛い。典型的な風邪だ。昨夜だけでなく、テストが終わってからよくベランダに出てたりなどしたのがたたって体調を崩してしまったらしい。

「……おちこむなぁ」

 静かな部屋に音が欲しくて声に出す姫乃はそう言って体を倒した。

 学校を休むということが姫乃は嫌いだった。

 別にそんなに学校が好きというわけではなく、理由は別にある。

 それをうまく言葉にはできないのだが、要は疎外感を感じてしまうから。

 自分がいないところでも当たり前のように世界は回って、クラスメイトや友人たちは普段通りの時間を過ごす。

 それは当たり前のこと。姫乃を中心に世界が周っているわけではないのだから。

 学校を休むと世界に必須にでない自分に落ち込んでしまう。

 特に

(………部活、行きたかったなぁ)

 そのことを思うと何で休んでしまったのかと本気で後悔してしまうほどに。

「はぁ……やだやだ」

 部活のことを思い浮かべた姫乃は余計に落ち込む。

 わざわざ自分がいなくてもいつも通りの部活動のシーンを頭に描く。

「………ねよ」

 このまま起きていてもろくでもないことしか考えられそうにない。なら寝てしまって少しでも早く明日を迎えよう。

 そう思うとなかなか寝付けないものではあるが、姫乃はそれでもどうにか寝付いていった。

 部活に行きたかった一番の理由が向こうから訪れるとも知らずに。

 

 

2

ノベル/ 玲菜TOP