姫乃は普段夢を見ることはないと自分で思っている。もしかしたら見ているのかもしれないが、記憶に残る夢はほとんどない。

 反面というか仮眠や昼寝の時には記憶に残る夢を見ることが多く、今日も夢を見た。

「んん……」

 どんな夢だったかははっきりしないが、いい夢だった気がして

「む、起こしてしまったか?」

「あ、れ? ……玲菜、さん……?」

 ベッドから見上げる玲菜の顔を夢の続きのように思って

(!!!???)

 バッと体を起こす。

「っ………!?」

 その勢いに驚く玲菜。

「れ、玲菜、さん! ど、どうして、ここに」

 だが、姫乃はそれ以上に驚いて高校になってから玲菜の前では口にしていなかった単語で玲菜を呼ぶ。

「ん。君が風邪を引いて休んでいるとい聞いたのでな」

「お、お見舞いに来てくれたんですか?」

「そういうことだ。一般的にはこういうのが嬉しいものなのだろう」

「い、一般的というか……私は、嬉しい、ですけど」

 玲菜らしい言い方に姫乃はまだ驚きと戸惑いの方が大きいものの、もともと赤い頬で答えた。

「ふむ。そうか、よかったよ」

 安心して頷く玲菜に少しは姫乃も落ち着きを取戻し、改めてドキドキする要素を見つける。

「あ、あの、一人、なんですか?」

 玲菜がいるのだから、当然結月も一緒にいるのだと自然と考えていた姫乃だったが、部屋の中に自分と玲菜しかいない事実を確認する。

「あぁ。皆は部活をしている時間だしな。暇な私が代表してこさせてもらったよ」

「そう、ですか………」

 口では何ともなさ気に応えるものの、姫乃の心臓は早鐘を打ち始める。

(……二人きり? ……私の部屋で二人きり?)

「そういえば、君と二人きりなのは初めてか?」

「っ!!?」

 その事実に嬉しさよりも動揺のほうが大きかった姫乃だが、まさか玲菜も同じようなことを考えていたとは思わず余計に心を揺さぶられた。

「が、学校じゃそういうこともあるじゃないですか」

「あぁ。だが、そういう意味ではなくこうした場所でという意味だ」

「そう、です、か」

(え? それってどういう、意味?)

 玲菜の言うことなのだから、それがいい意味とは限らない。しかし、まるで二人きりになりたかったとも思える発言に姫乃は動悸を隠すので精いっぱいだ。

「一度こういう機会があればと思っていたのでちょうどいいな」

(うそ………)

 現実とは思えないほど望通りの展開に、まさかさっき見ていた夢の延長なのではとすら思い始め

「結月がいつも世話になっているからな。一度、そのことに礼を言いたかった」

 紛れもない現実に落ち込むことになる。

 常に結月のことを考え結月のために、すべての行動を優先する。それが玲菜だから。

「感謝している。結月はやはり君のことを一番信頼しているようだからな。これからも結月と仲よくしてやってほしい」

「それは、玲菜……さんに言われなくても当たり前っていうか……」

 一番結月が信頼しているのは玲菜さんじゃないですか? 

 と、のど元まで来たそれを飲み込む。

 おそらく認識としては姫乃の方が正しい。

 ただ、姫乃ももう玲菜とは数年の付き合いになっている。例え結月の気持ちが姫乃の思うとおりだとしても玲菜が認めることはない。

「ところで姫乃」

「は、はい!?」

「なぜ今日は私のことを玲菜さんと呼ぶんだ?」

「あっ!?」

 本人に指摘を受けてようやく姫乃はそのことに気づいた。

「まぁ、懐かしいが。学校ではないとそう呼ぶということか?」

 玲菜さん。

 それは去年まで姫乃が玲菜を呼称するときに使っていた呼び名だ。

 今年になってからは久遠寺先輩と呼んでいたが、先ほどみた夢とどこかまだ混濁してたのかそう呼んでしまっていた。

「え、えと……そういう、こと、です。けじめっていうか、分別、っていうか……」

 ごまかせる理由を思いつけない姫乃はしどろもどろに答えた。

「ふむ。別にそんなもの必要ないだろう。そのまま玲菜さんでも構わないぞ。最近はともかく、最初のほうは久遠寺先輩と言われるとどうもなれなかったからな。君には名前で呼ばれた方がしっくりくる」

「玲菜……さん」

 玲菜に深い意味などないことは知っている。また、名前で呼ぶことが親密につながるというわけでもない。

 それでも姫乃は嬉しいと思った。

「いえ、二人の時だけにします」

「そうか」

 どさくさに紛れ姫乃は二人の時は玲菜さんと呼ぶことを決める。それがまるで二人の秘密みたいでさらに嬉しくなれた。

 その後、姫乃の母親が持ってきてくれたお菓子とお茶を飲みながら軽く雑談をする。

 学校を休んで憂鬱だなどと思っていたがそんなことはない。むしろ、高校に入ってから一番の日だったかもしれない。

 だが、幸せな時とは早くすぎるもので、また短いというのは常なのかもしれない。

「さて、そろそろ私はお暇させてもらうよ」

 お茶を一杯飲み干すと玲菜はそう言って早くも立ち上がった。

「も、もう、ですか」

「あぁ。君が体調を崩しているのに長居をするわけにはいかないだろう」

「だ、大丈夫、ですよ。もうほとんど治ってるし」

「ふむ」

 まだこの時間が欲しい姫乃は玲菜を引き留めようとするが、その自分の浅はかな行為が

「え………?」

 現実かと疑うほどの現象を招く。

(え………?)

 目の前に玲菜がいる。長い睫毛、切れ長で落ち着いた瞳。整った鼻にふっくらとした唇。それが全部目の前に。

 しかも、触れているところだって。

「ふむ」

「えぇぇええ!!?」

 玲菜が顔を離した瞬間に姫乃は大きな声を上げさせられていた。自分の身に起きたこと。わかってはいる。わかってはいるからこそ、驚きを隠せない。

「やはり大分熱いぞ? それに、顔を真っ赤だ」

 しかし、玲菜はおかしなことをしたという実感がまるでないのか冷静に今の状況を分析する。

「い、いえ、今のは、その別の理由で熱いというか、顔が赤いのも当たり前っていうか」

「別の理由?」

「あ、い、いえ……あ、……な、なんでも、ありま、せん」

「ふむ?」

 玲菜以外の人間なら理解できるであろうことに玲菜はまるで気づけない。

「よくはわからないが、とにかくゆっくりしたほうがいい。やはり私は失礼させてもらうよ。ではな」

 軽く手を振り部屋を出ていく玲菜に今度は呼び止めることもできず、思わぬ幸運とその理由に姫乃は複雑な気分で普段は憂鬱な休みの一日を過ごした。

 

 

1/3

ノベル/ 玲菜TOP