玲菜と仲直りをした日。

 その日こそ安心をしたが、すぐにその過ちに気づいた。

 玲菜に許しを求めてしまったその意味を。

 それはすなわち、もう結月から玲菜に要求ができないということ。

 結月から折れてしまった時点で、結月は玲菜の自傷行為に対して踏み込む資格を失ってしまった。

 許して請いていながら、仲直りしたかともう一度結月から聞くなどそんな都合のいい真似はできるわけがない。

(……なんで、あんなことしちゃったんだろう?)

 安易に安心を求め、本当にしなくてはならないことを遠くに追いやった。

 確かに玲菜とは元通りに戻ることはできた。だが、それはあくまで表面上だけの話。もう知ってしまったのに、完全に頭の中から消すなどできるわけがない。それは結月だけでなく玲菜もそうだろう。

 玲菜はあの日を境に優しくなった。それも不自然なほどに。

 そして、その優しさを実感するたびに自然と目が玲菜の手首を追ってしまう。今日もしているのかなと考えてしまう。なんでしているんだろうと思ってしまう。

 気にならないわけがない。

 もしかしたら見えないその裏で傷は深くなり、取り返しのつかない事態を招くこともあるかもしれない。

 死ぬつもりはないと言っていたが、たとえその言葉が本気だったとしてもことがことだ。万が一ということはあるかもしれない。

 そんな風に不安はいくらでも出てくるのに、それを止める権利も追及する権利も自分で放棄してしまった。

 そのことはもう悔やんでも悔やみきれなくて、けど今更どうしようもなかった。

 それでも、何かをしたくて、どうにかしたくて。

 それがまた安易かつ誤った道を選ばせてしまう。

 

 

「玲菜ちゃん………玲菜ちゃぁあん」

 仲直りをしてからしばらくたって、この夜も結月は玲菜の部屋を訪れていた。

「うぅ……ひっく……ひっぐ……」

 結月はベッドの上で泣きながら玲菜にすがりついている。

「………結月」

 玲菜は戸惑った表情で結月を抱きしめている。

「その……こういう時なんといったらいいか、わからんが……元気を出せ。失恋したからと言って死ぬわけではないだろう」

 失恋。

 そんな言葉が出てきたが、それは正しくはない。

 いや、玲菜がそれを言うのは間違ってはいないのだ。

 なぜなら今結月はそう言って玲菜に泣きついてきたのだから。

 いもしない好きな人の話をして、ありもしない失恋という事実に涙を流し玲菜の同情を引いている。

「ぅ……ぅ……ひっく」

 ありもしないことなのに本当に涙が出ている。

 それは演技力の高さからなどではなく、これからしようとしていることがいかに浅はかで、自分勝手なことだとわかっているからかもしれない。

「ねぇ、玲菜ちゃん………」

 結月は涙に濡れた瞳で玲菜のことを見上げる。

「な……なんだ?」

 その今まで見せたことのないような扇情的な表情に思わずドキリとする。

「…………慰めて」

「慰め…? っ! ゆ、結月?」

 一瞬なんのことだかわからなかった玲菜だが、結月が玲菜の手を取って服の隙間に導くと言葉の意味を理解できてしまった。

「……お願い、玲菜ちゃん」

 子供のはずの結月の顔が情熱的に染まっている。否が応にも考えてしまった可能性が現実味を帯びる。

「お願い……私玲菜ちゃんとならいいの。玲菜ちゃんじゃなきゃ嫌」

「っ。れ、冷静になれ。そんなことで自暴自棄になってどうする」

「違うよ。私、玲菜ちゃんとならいいの。玲菜ちゃんは私とじゃ嫌なの?」

「な、何言っている嫌とかそういうことでは……」

「じゃあ、して……」

「っ………」

 結月は自分が無茶なことを言っているのは自覚していたが、玲菜は断らないような確信があった。

 玲菜とて自傷行為を黙っていることに対して後ろめたさを持っているに決まってるのだから。

 たとえこれが【結月の抵抗】であるとわかったとしても、結月が玲菜に踏み込めなくなったように玲菜もまたそれ以外のことで結月を拒絶することはできなくなっているはずと、結月はわかっている。

「……私で、いいのか」

(………ほら)

 玲菜が見せた隙に安堵とどこか、むなしさを感じて

「……玲菜ちゃんだから、いいの」

 殺し文句を述べた。

「………………………わかった。精いっぱい、応えよう」

 玲菜が優しく抱擁する。

 そのぬくもりにどこか他人事のように感じる。

(……こんなの、無駄なんだろうな)

 この肌をさらす行為が玲菜の自傷への抑止力にすらならないことを知りながら、それでもわずかな期待に玲菜を抱き返す結月だった。

 

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