「……………」
その時ゆめは困惑していた。
この日はゆめが夕食の当番で、珍しく一人で材料の買い物に行き部屋のある階へと戻ってきたところだった。
後は通路をまっすぐに行けばいいというところで。
(……何してる?)
途中にあった光景にそんなことを思う。
ゆめ達の部屋は角部屋でまっすぐに行けばいいのであるが、隣の部屋、以前もすれ違ったことのある相手がドアに背を向け、手すりに寄りかかりながら外を眺めてる。
適当に挨拶をするか、無視をしても構わないところだが少し様子を窺っていたゆめは彼女の様子が普通じゃないことに気づく。
(……泣いてる?)
瞳まではゆめの場所からは見えないが何度か瞳をこすり涙をぬぐっているようにも見えた。
「……………」
彩音と美咲以外ほとんどの人間をどうでもいいと思うゆめではあるが、泣いている人間を無視して素通りするのは少しだけ気が引けて数分ほどその場に佇んでいる。
対処について考えのないゆめだったが、その均衡はゆめに関係なく崩れてしまう。
「…………っ」
視線を感じたのか、泣いている彼女がゆめの方を向き目があってしまった。
「……あ、こ、こんにちは」
しかも挨拶までされてしまいゆめも仕方なく近づいていくと「……こんにちは」と控えめな声をかける。
「貴女、確か隣の子よね。ご、ごめんね。こんなところで泣いてたら通りづらかったわよね」
真っ赤な目をして申し訳なさそうにする姿はゆめほどではないが小柄が体躯ともあいまりあまり年上を感じさせない。
「………どうしてここで泣いてた……んです?」
敬語の慣れていないゆめだが、迷惑をかけたとの言葉に迷惑だったと答えるわけにも行かず疑問に思っていたことを答える。
「あ、え……えと……部屋だといろいろ考えちゃう、から」
名前の知らない彼女はそういうと再び顔を歪めた。
同情を誘う光景ではあるが、かといえ何をすべきかわからずゆめはその場を去るのもできずに困惑するばかり。
そんなゆめの心を察したのか、彼女は
「ご、ごめんなさい。気にしないでいいから……」
とゆめに行くように促し、ゆめも後ろ髪をひかれる思いは感じつつもこれ以上関わる理由がないことは認めており、言葉に従おうとするが
グゥゥゥ
「……?」
どこかで聞いたような音と、
「あ…………」
恥ずかしそうにお腹を押さえる彼女にさすがのゆめも放っておくことに気が引けて
「………よかったら、部屋に来て……くだ、さい。ご飯…くらい…作り、ます」
と非常に珍しく他者と関わろうとするゆめだった。
◇
「……ただいま」
ゆめはドアを開けると小さな声でそれを告げる。彩音も美咲も中にはいても、普段ならわざわざゆめを迎えには行かないのだがこの日はゆめの言葉に続きで
「お、お邪魔します」
という聞きなれぬ声が聞こえたこともあって何事かと玄関まで出迎える。
おかえりと告げた後ゆめの小さな体に隠れるようにする見知ってはいても意外な相手に失礼とはわかってもじろじろと、彩音も美咲も視線を送ってしまった。
「こんにちは、えっと、おねーさんは…お隣の人、ですよね」
先に切り出したのは彩音。
「え、えぇ……」
「ゆめが何かしましたか?」
「……なんでそうなる」
美咲の本気なのか冗談なのかわからぬ言葉に頬を膨らませるゆめ。
「あ、……あの」
まだ名前も知らない彼女がそう説明する前に
「……お腹減って泣いてたから連れて来た」
「………………」
一瞬場が凍り付き、三人とも「え?」という別々の印象ながら同じ言葉をあげた。
「あ、あの! ゆ、ゆめ……さん? わ、私は別にお腹が空いてたから泣いてたわけじゃ……」
ゆめが冗談なのか一番判断できない彼女が慌ててそういうのだが
グゥゥゥゥ
と再び、腹の虫がなってしまい先ほどゆめの前でした時よりはるかに顔を赤くしながらうつむいてしまった。
「あはは、おねーさんみたいな綺麗な人と一緒にご飯食べられるのは嬉しいですしどうぞ上がってください」
「まぁ、そこまでお腹を空かせてる人を放っておくのも忍びないですし」
「………う、あ、ありがとう」
年下の娘たちに恥ずかしいところしか見せられていないと落ち込むが、今更出て行くわけもいかず赤面に耐えながら澪以外で初めて三人の愛の巣の中に足を踏み入れた人間
「あ、そういえばおねーさんのお名前はなんていうんですか?」
「あ……早乙女莉沙、です」
彼女はゆめと出会えたことを感謝することになる。