この日はゆめが食事の当番で、台所にたち準備をしている間莉沙はリビングでその後ろ姿を彩音たちと見つめている。

 まだ春先で寒いこともありシチューを作る予定でテキパキと作業をこなすゆめ。

「あの、お手伝いしなくても大丈夫?」

 急に訪ねてきたこともあり手持ち無沙汰に待っていることに後ろめたさを感じる莉沙はゆめの背中に声をかけるが

「……大丈夫、なので。座ってれば、いい」

「そ、そう……」

 言葉通りゆめはテキパキと動き、確かに手伝いが必要そうには見えない。

「まぁ、ゆめはああ見えてやることはしっかりやる子なので気にしなくても大丈夫ですよ」

「そうね、お腹空いてるんでしたらとりあえずお茶でも淹れますから」

「あ、ありがとう」

 すっかりこの部屋にいる理由がお腹が空いたということになってしまったことには、情けなく感じながらも本当のことを軽々に話す気にはなれずにすっかり彩音たちの言うままに部屋で過ごしていた。

(……確かにお腹は空いてるけれど)

 少しすると、美咲の入れ、その緑茶を飲むと空っぽの胃が熱く満たされる。

「それにしてもゆめさんって、小さいのにしっかりしてるのね」

 話す話題のない莉沙は間を持たせるためにそんなことを言うが

「え、えぇ……そう、ですね」

「まぁ…ゆめは意外としっかりはしていますよ」

「?」

 何故か笑いをこらえているような反応に首をかしげるが自分が的外れなことを言っているのには気づけるはずもなくさらに続けてしまう。

「そういえば、彩音さんも、美咲さんも大学生でルームシェアしてるのよね。ゆめ、ちゃんは中学生くらい、でしょ? どうして一緒に住んでいるの? ご両親は?」

 ゆめの年齢をすでに自分の中で決めた莉沙はいつの間にかゆめのことをちゃん付けで呼び、

「ふ、ふふ……よかったね、ゆめ中学生だって」

「いつもよりは近く見られたわね」

「??」

 何を言われているのかわからない莉沙だが、三人のやり取りはしっかりとゆめの耳にも届いており、準備のできたサラダを配膳しつつ

「…………私は大学生だ」

 不機嫌な声でそれを告げられてしまう。

「え?」

 一瞬冗談かとすら思う莉沙だったが、彩音たちの反応におそらく真実であることを知り

「あ……あの、ごめんなさい」

 そういうしかない莉沙だった。

 

 ◇

 

 ゆめの作ったシチューはおいしく、年齢を勘違いしてしまった気まずさを差し引いても莉沙が過ごす久しぶりの団らんは笑顔をもたらしてくれるものだった。

 味の濃いシチューにパンをつけながら食し、サラダと小鉢に手を伸ばす。

 自分や三人のことを紹介し合いながら途切れることのない会話に花を咲かせる。

 おかわりまでもしてしまい、図々しかったかと反省する莉沙はゆめの片づけを手伝うことにした。

「ありがとう、美味しかったわ」

 台所に立ち、二人で食器を洗いながら改めてそれを告げる。

「……なら、よかった」

 ゆめにとって嬉しいことではあるが、彩音や美咲ならともかく莉沙にはわからない程度に喜びを見せてテキパキと作業に戻る。

「……これで、もう泣かなくていい」

「え、あ、あの、本当に泣いてたのはお腹が空いたからじゃなくて」

「……冗談。そのくらいわかってる……います」

「そ、そう」

 正直なところ本気でそう思われたのかと考えていた莉沙だったがゆめのその言葉に少し安心する。

「……あんまり、聞かれたくなさそうだったから……」

「え?」

「……彩音も、美咲もおせっかい。だから、きっと放っておかない……です」

「あ………」

 ここでようやくゆめが気を使ってくれたということ気づく。莉沙が何かあって泣いているということは察しても、それを話したいことではないとも理解したゆめはお腹が減ったということであの場を誤魔化してくれた。

「…………あは」

 莉沙は急に明るく笑うとゆめに軽く肩をぶつける。

「おねーさん、ちょっと感動しちゃったぞ」

「……?」

「こんなに小さな子なのにそんな気を使ってくれちゃって、まったくもうできた子だね」

「……小さくは、ない」

「うんうん、わかってるってば」

 急に親密に(ゆめからしたらなれなれしく)なった莉沙にゆめは困惑するが、莉沙の方はゆめに対する好感度を高めいっきに距離を縮めていた。

「あ、そうだ。次は私がごはん作ってあげるからおいでよ」

「……………」

 正直言ってこの時ゆめは困惑していた。誘ったのは自分ではあるが、莉沙がゆめに興味を持っているのとは対照的に、彩音と美咲以外のほとんどの人間を興味ないフォルダに入れているゆめとしてはこの誘いは嬉しいものではない。

 かと言って無碍にするのにも多少の罪悪感を持ったゆめは

「…………知らない人にはついて言っちゃだめ……」

 おおよそ大学生らしからぬ断りを入れるのだが、

「あはは、何言ってるの。もうお友達じゃない」

 知らぬ間に新たな友人認定をされてしまっていた。

 

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