彼女に興味を持つようになったのは、あの時です。まだ進級して間もない時、彼女がせつなそうに教室に見ていたのを見たとき。
普段彼女が絶対に見せようとしないような顔をして、教室を見つめる姿。正直言って、心を奪われていました。
彼女のことを知りたいと思うようになって、友達になって……でも何も見えなくて。
あのことに関して知れたのは、あれが特別でなかったということくらいです。
この前、放課後にそうしていたように彼女は時折、朝だったり放課後だったりと人気のない時間に教室を見つめることがありました。
教室を見ていたのか、そこにいるはずの誰かを見ていたのか……私にはわかりません。でも、彼女が気にする相手がそこにいるからそうしてるのではないでしょうか。
そして、それは彼女にとって大切なことなんじゃないでしょうか。
誰だって心に何かを抱えているもので、それは私も一緒で、彼女が抱えるその何かが彼女をああさせているんじゃないでしょうか。
そして、私はそれを知りたいと思い、あつかましくも力になりたいと思ってしまうのです。
だって、どうやら私は……彼女が好きなんですから。
「おっはよー」
「おはよ、深雪」
「おはよ、今日も可愛いね」
「はいはい。あんたもね」
朝のHRが始まる前の時間。ざわつきのやまない教室の一角で深雪さんがクラスメイトたちと元気に会話をしています。
さすがにクラスメイトは彼女のあしらい方をわかっている感じで、彼女のちゃかしにも動じず適当に流しています。
私はそんな彼女を自分の席から見つめていました。
この前、彼女が放課後の教室を見つめていた頃から一週間。彼女の様子はすっかり元に戻っていました。
クラスメイトたちや友人たちとはさっきみたいな感じですし、下級生の子と楽しくしているところも何度か目撃しました。
一時、彼女がどうしたのだろうと心配していた人たちもそれまでのことがなかったみたいに彼女と接しています。
ただし、
「ぁ……」
ずっと彼女を見つめていた私と彼女の視線が交差します。
そして、彼女はすぐにそらして私のことなんて見なかったかのようにまたクラスメイトたちと話を再開しました。
ただし、私への態度は変わりませんでした。
いえ、以前よりも距離が開いてしまった感じです。
私だけが彼女の世界から出てしまったかのような疎外感。
彼女が他の人とは仲良くするのに、私にはまるで存在すら無視されるような感じです。
単純な気持ちでした。
私はそれが非常に面白くない……というよりも悲しかったです。彼女が他の人たちと仲良くするのに私だけが、話すらできない。
以前のようにみんながそうであれば、気にならなかったのに今ははっきり……嫌だと感じてしまうのです。うらやましくも、憎たらしくさえ思うのです。
そして、気づいてしまったのです。認めたくもない、彼女への気持ちに。
彼女を好きだという気持ちに。
私は彼女が好きで、でも距離が開いてしまっていて、それで話ができないのが辛くて悲しいと思っていて、多分その原因が私にもあって……
なら、私がその距離を縮める努力をしないといけないのかもしれません。頭じゃそう思うのですが、あからさまに距離を置かれている相手にこちらから向かっていくのは勇気のいることです。
それに、できれば二人きりで話がしたいけど以前ならともかく今の彼女はほとんど誰かといます。へたするとあのキス未遂があったころよりも彼女は人といることが多くなっているかもしれません。
だから、寂しさと嫉妬を抱えたまま救いのない日々を送り続けるのだと思っていました。
「あ……」
なのにきっかけは意外なところに転がっているものです。
放課後の自転車置き場。
クラス委員の用事で残っていた私は、夕陽の照らすそこで会いたかった人と出会いました。それも望んでいたように彼女が一人きりのときに。
「さやか……」
彼女はすでに自分の自転車のところにいて、はっきりと嫌なやつにあったという顔をしました。
「あ、の……深雪さん」
私は出口を背にして、彼女が出て行けないように道をふさぎました。
「……何か、用?」
彼女は私があえてそうしているのがわかったのか困ったように自転車の荷台に腰掛ました。
「久しぶり、ですね」
「毎日会ってると思うけど?」
「こうして、二人きりで話すのがです」
「……そうだね」
「どうして、ですか?」
「何が?」
私が何を言いたいのかわからないわけはないと思います。しかし、彼女は荷台に座ったままぼんやりと空を夕日に染まる空を見つめていました。
「何で、私のこと避けるんですか?」
「…………」
直球で攻める私に対し彼女は、
「そんなことはないけど」
相手にすらするつもりはないようです。
「嘘つかないでください。明らかに私だけ避けてるじゃないですか」
「だからそんなつもりないって、たまたまなんじゃないの?」
「ふざけないでください!!」
「おっと、怖い怖い」
どこがたまたまだっていうんですか! もう二週間以上まともに話しすらしていないのに。
「…………別に、そんなのあたしの勝手でしょ?」
私が本気なのをわかってくれたのか思案顔になったあと彼女は相変わらず視線は合わせずにそう言ってきました。
「理由を聞きたいんです」
「…………別に、そんな大したもんじゃないよ。っていうか、清華だってあたしにかまわれなくてせいせいしたでしょ?」
「なっ!?」
うろたえます。彼女にそう思われてしまったことが意外で。
「嫌いでしょ? あたしみたいなタイプ」
それは、その通りです。彼女みたいなタイプは好きではない。それは本当です。でも、彼女のことは……
「もうキスされそうになったり、他にも色々迷惑かけたりなんてしないから安心していいよ」
「わ、私は別に、あなたのこと、迷惑にだなんて……」
待って。待ってください!
私は彼女のことをそんな風には思っていません。困らせられたりはしましたけど、彼女を意識するようになってから迷惑にだなんて。
「気使わなくてもいいよ。ま、そういうわけで。じゃあね、色々と」
そう言って彼女は荷台から降りると鍵を開けて、自転車を発進できる体制となりました。
「ま、待って!」
「……まだ、なんかある?」
「本当です! 私は深雪さんのこと迷惑にだなんて思ってない! そんな風に考えたことはないです」
「……でも、あたしのこと嫌いでしょ?」
「ち、違います!!」
「じゃ、あたしのことどう思ってる?」
「そ、それは……」
好きです!
なんて勢い任せにはとても言えるわけもなくしどろもどろになって顔をそらしてしまいました。
「……ま、そういうことだよね。それじゃ」
「……………」
反論はしたいですけど、言葉が見つからないです。心の端々にいいたい言葉はあるのに、それは手を伸ばしてもぎりぎり届かないところにあるようなもどかしさを持っているだけで音として発生させることができません。
「…………」
私は彼女から目をそらしながら悔しそうにするだけでした。が……
「……………っ!!!???」
気づけば彼女の、彼女の……唇が迫っていて
「っ!?」
反射的に体ごと身を引きました。
「あ………」
しまったと思っても遅いです。
「……それじゃ」
彼女の声が小さく聞こえたかと思うと、彼女は自転車を押したまま私の横を通り過ぎて言ってしまいました。
涼やかな秋の風を残して。