誰にでも好きな人というのはいるでしょう。
それは友達として好きだったり、家族として好きだったり、恋人として好きだったり、自分を好きっていう場合もあるでしょう。
私にも好きな人がいます。それも恋人として好きで、さらには幸運なことで両思いです。
それは普通に考えれば嬉しいことです。実際嬉しくないだなんていいません。自分で言うのもなんですが、私の恋人は可愛いですし。
長く美しい髪に白のカチューシャは清楚な感じがたまりませんし、整った顔と、すらりとした肢体は髪とも合わさってまるでお話に出てくるようなお嬢様にも思えます。
……まぁ、外見だけなのですが。
そんな可愛い恋人を持っている私は幸せ者です。それは間違いないです。
ですがそんな恋人がいれば幸せと同時に気苦労も抱え込むものです。
まして、その恋人が彼女、深雪さんとあっては、幸せよりも苦労のほうが多いかもしれません。
夕暮れの迫った校内。
薄暗くなってきた教室で私は遠くに聞こえる部活動や、車の音を聞きながら窓際の席の前で立ち尽くします。
「…………」
好きな雰囲気です。
御伽噺に出てくるような神秘的な空間。まるで世界から切り取られたようなその場所から校庭や中庭を見下ろすのが好きなのですが今見ているのはもっと近くにあるものです。
それは……
「……………ぐー」
私の可愛い恋人、深雪さんです。
外見とは裏腹に品のない寝息を立てる彼女は完全に机に突っ伏し、私が目の前にいることなどには気づいていない様子です。
「……ふぅ」
私は軽く腕組みをしてため息をつくと
バン!
彼女の机を思いっきり叩きました。
「っ!? わ、な、なに!?」
それだけで彼女は雷でも落ちたかのようにあわてて身を起こしました。
「おはようございます。深雪さん」
皮肉を込めながらそう言って私は彼女を見下ろしました。
「ん、おはょ清華。ふぁあ」
「……眠そうですね」
「えー清華がそれ言う? 清華が寝かせてくれたかったっていうのに」
「なっ!!」
昨日の夜。していたことはもちろん、覚えています。
「あはは、清華ってばいっつも反応かわんないね。電話してただけだってのに」
「へ、変な言い方をする深雪さんのほうが悪いんです!」
こんなことで顔を真っ赤にしてしまう私は私で迂闊だとは思うのですが、仕方ないじゃないですか。こういう性格なんですから。
「というか、いくつか聞きたいことがあるのですが」
「え、な、なにかな〜っと」
私は彼女の前の席のイスに座ると机に頬杖を突いていた彼女の目の前へと迫ります。
「先週の日曜日、どうしてましたか?」
私は今笑顔です。笑顔ではあります。もちろん、心の中では笑ってなどいません。今の自分の質問の答えを私は知っていますから。
「え、え〜と……」
対して彼女はすでに冷や汗を浮かべています。自分のしたことに心当たりがあるからなのでしょう。
「用事があったんですよねぇ。私の誘いを断るほどの」
「え、いや……あの、えと……」
「それで何をしていました?」
おそらく彼女から見たら背筋が凍りつくような笑顔を終始浮かべたまま彼女があたふたとする様子を見つめます。
「……うー、と」
「デート、していたんですよね。一年生と」
「っ……」
「深雪さん」
笑顔にふさわしい甘い声で恋人の名を呼びます。
「え、あ……う」
もっとも、その恋人は怯えたようにしていますが。
「これで何度目ですか浮気するの」
「え、い、いや。う、浮気じゃなくてね、それに、デートじゃなくて、ただ遊んだだけで……二人きりってわけでもなかったし……その、清華のを断ったのは、ね……先に約束しちゃってただけで、ほ、ほら、悪いでしょ。断ったりなんかしたらさ」
「……私の誘いは断ったじゃないですか」
「い、いやだから先に約束しちゃったんだってば」
「……………」
ここで私はやっと笑顔を崩して、今度は呆れたような顔をしました。
これまでの会話でわかるように私と付き合いだしてからも彼女は変わりませんでした。いつもいつも他の子と楽しそうにして、デートして、本人は遊ぶだけだって言うし、キスはしてないって言いますけど、どうだかって感じです。
そのたびに許してしまっている私も私なのですが、今日こそはびしっと言わないと。
「ねっ、清華〜。今度の休みはデートしよっ。ねっ」
「その日は模試があるじゃないですか」
「あ、そうだったっけ。あ、でも日曜なら……って、あっ……」
何か思い出したくないものを思い出してしまったという彼女の顔。これは……
「深雪さん、また、なんですか?」
「こ、断る。断るよ」
「いいです。相手に悪いですし。深雪さんにとって私はデートすらしてもらえない存在なんだってわかっただけで」
「そ、そんなことあるわけないじゃん。さやかぁ」
「知りません」
こうやって少しは冷たくもしないといつまでたっても反省しないんですから。少しは身をもって知ってもらわないと。
と、私は半分本気の演技でプイと彼女から顔を背けました。
「………清華」
「…………」
知りません。
「清華ってばー」
「…………」
ここで甘い顔したらまた付け上がって浮気しだすに決まってるんですから。今日こそはわかってもらわないと。
「……………さーやか」
しつこいです。
「さやかぁ」
そんな甘えるような声だしたって無駄なんですから。
「…………ね、清華」
「……だから、しつこ……!!」
甘い彼女の香り。
ちゅ。
そして、よく知るようになってしまった音。
「これで許して、おねがい」
正面にまわりこんできた深雪さんは小悪魔のような笑顔で懇願してきました。
「……………」
可愛いです。ものすごく可愛いです。
本気ではありました。慣れてしまったこととはいえ、他のことデー……遊ぶのはそれが本気じゃないってわかってはいても悲しいですし、本当に怒ってたんです。
なのに……
「…………こ、」
真っ赤になった顔で私は彼女を見つめます。
「……こ、今回だけ、ですからね」
もう何度目かわからないほどの、今回だけ。
「えへへ、大好き清華」
ガバっと彼女が抱きついてきて、さらに顔を赤くした私は無意識に笑顔になってしまいます。
だって、困らせられても、苦労かけられてもやっぱり私は彼女が好きなんですから。
だから
「も、もうっ! 恥ずかしいこと言わないでください」
「だって大好きなもんは大好きなんだもん」
「っ〜〜。し、知りません!!」
こうして幸せな時間を送りながら、私はこれからも彼女と一緒に歩いていくんでしょう。
そう思いながら私は彼女の体を強く抱きしめるのでした。