いつの間にか夜になってた。

 来た時にはまだ夕陽が綺麗だったのに、もう部屋の中を照らすのは淡い月明かりだけ。

 どことなく幻想的な雰囲気がお部屋の中に訪れて、その中で私と聖ちゃんはまだベッドの上にいる。

 ただし、夕方の時とは違って倒れ込んでるんじゃなくて二人ともベッドの縁に座ってる。

「……………」

 こうなってから多分十分くらいは経ってるけどまだ一言もお話してない。並んで座ったまま聖ちゃんはずっと俯いてて、私はそんな聖ちゃんのことを眺めたり前を向いたりして聖ちゃんのことを待ってる。

(……聖ちゃん)

 私は声に出さないで聖ちゃんのことを呼ぶ。

 もう気持ちはここに来た時と全然違う。

 初めベッドに押し倒された時は本当に怖かった。ここに来るまでは聖ちゃんの力になりたいって思ってたのに、そんな気持ちが全部吹き飛んじゃうくらい本当に怖くて聖ちゃんんから逃げたくてたまらなかった。

 けど、聖ちゃんの一言に私がどうしてここいいるのか思い出して、しなきゃいけないことをしたの。

 それを受けた聖ちゃんは急に泣き出しちゃって、本当にずっとずーっと泣いて、その声は聴いてるだけでもつらかったの。

 心に響く泣き声。

 私は聖ちゃんに何があったのかもうなんとなくだけどわかって、涙の理由は考えるだけでもつらくなっちゃった。

 どうすればいいのかわからない私はただ聖ちゃんのことを抱きしめるしかできなくて、ようやく月明かりが差し込む頃に聖ちゃんは

「………今日、泊まっていって」

 それだけを言ってくれた。

 それがどういう理由からなのかはわからないけど、もともと私は聖ちゃんの力になるために、聖ちゃんのことを救いたくてきたんだもん。

 迷わずにうんってうなづくと、聖ちゃんは私の上からどいてくれて、私はお母さんに連絡するために一回お部屋を出て戻ってくると聖ちゃんは今みたいにベッドに座っててすぐに私も並んだ。

 そうして、今こうしてる。

 聖ちゃんはきっと今悩んでくれてる。私に頼ろうか、迷ってくれてる。

 ううん、私の勝手な希望かもしれないけど話すのを決めててでも勇気が出なくてこうして時間がかかっちゃってるんだと思う。

 本当に私の勝手な想像だけど

「………ごめんなさい」

 きっと、それは正しかったの。

 うつむいたまま聖ちゃんはそうやって謝ってくれた。

 私の前でこういう本音を見せてくれたのはきっと初めて。

 少し前の音楽室やさっきのベッドの上でもそうだったけど、そういう激情じゃなくてきっと誰にも見せようとしなかった聖ちゃんの隠れた気持ち。

「う、ううん。びっくりはした、けど……」

 ほんと言ったらすごく怖かったけどそれを言うのはさすがにまずいって思ってそう言ったんだけど。

「ふふ、ほんと撫子さんって優しいのね」

 聖ちゃんには見抜かれちゃってるみたい。

 こういうところはいつもの聖ちゃんみたいで、少しは心に余裕が戻ってきてるっていうことなのかも。

「けど、そういうことじゃないの。さっきのことだけじゃない。私……ずっと撫子さんのこと………」

 いかにも【そういう】ことを言いだしそうな言葉。けど、この後に続くのは多分

「嫌い、だった、から」

「…………うん」

 なんとなくだけど、こう言われるってわかってた。だって、そうじゃなけきゃ私にあんなこと言えないって思うもん。好きじゃないだけの人や、クラスメイトや友達にだって私にしてきたようなことできるわけないもん。

 嫌いだっていうのは、一番納得できちゃう理由。

「理由……聞いても、いいよね」

 でも、私にした理由は納得できても、どうしてしたはか納得できない。聖ちゃんの口からきちんと言ってもらえないと納得なんてできない。

「……………」

 聖ちゃんはそこで黙っちゃって、代わりに私が勇気を出した。

「ずっと、っていうけど、本当は違う、よね?」

 確証はないの。

「最初、音楽室に誘ってくれた時は、そんなこと、なかった、よね?」

 あの時は、もしかしたら邪な気持ちはあったのかもしれないけど私のことを傷つけようとは思ってなかったと思う。

「……私、何かしちゃったのかな?」

 それがいつで、なんのことかも全然わからないけど、きっと。

「……そうね」

「っ」

「私からしたら、ね。撫子さんは何にも悪くなんてないの。私がこんなこと言っても信じてもらえないかもしれないけど、本当よ。私が悪いだけ、撫子さんが気にすることじゃないの。何にも悪くなんてないの」

 これが私に気を使ってなんかじゃないのは、懺悔するような口調で言う聖ちゃんを見ればわかる。

「けど、何かしちゃったんだよ、ね? わざとしたんじゃなくても、それが聖ちゃんのこと傷つけてたのなら、謝りたい。だから、教えて。あ………」

 聖ちゃんがこっちを向いて、手を伸ばしてきた。私のほっぺに。

「……撫子さん」

 潤んだ瞳。

 その奥にはとてもとても深い悲しみがあるような気がして思わず吸い込まれそう。

(……怖いんだ)

 吸い込まれて、それがわかっちゃった。聖ちゃんの瞳に恐怖があるってわかる。そんなこと聖ちゃんは表に出してるつもりはないんだろうけど、でもわかってほしいんじゃっていう気もして。

「聖ちゃん……」

 私は聖ちゃんの手に私の手を重ねた。

「聞かせて」

 勇気をもって聖ちゃんにそうつぶやいた。

「………えぇ」

 頷いてくれた聖ちゃんはほっぺから手を離して、私は手を重ねたままベッドの上に置いて

「………………好きな人が、いたの」

 聖ちゃんはお話を始めてくれた。

「……うん」

 私が求めてた私のしたこととは違うかもしれないけど、私はそうやってうなづいてた。これも必要なことなんだって思うから。

「前に言ったことがあるけど、私小さいころは今と全然違ったの。友達もいなくて、いつも一人で」

 うん。それは何回か聞いた。今じゃ想像もできないけど、聖ちゃんにそういう時があったんだって。

「そうなりたくてなったんじゃなくて、いつも寂しいって思ってた。だけど、どうやって友だちを作ればいいのかもわからなくて。結局一人になるしかなかったの」

 私には想像がつかない。聖ちゃんにそんな時期があったっていうことも、その時聖ちゃんがどれだけつらいかっていうことも。

「そんな時、ね……ある人と出会ったの」

(あ………)

 聖ちゃん、震えてる。

 今までの情報からそのある人が聖ちゃんにとってすごく影響を受けた人だって言うのはわかる。

 ただし、それはいい意味じゃなくてきっと、よくない意味でも。

「その人は、ね。今の学校の先輩で……音楽が大好きな人、だった」

(音楽……)

 聖ちゃんがいつもいたのは……第二音楽室。

「ピアノが上手で初めて会った時もピアノを弾いてて、その姿がとっても綺麗で……小学生だった私はまるで女神様みたいに見えたっけ」

 きっとこれは楽しい話じゃない。けど、今の聖ちゃんは本気で懐かしがってるように見える。

 ずっとその時のことは思い出してなかったのかもしれない。良い思い出も思い出してなかったのかもしれない。

 それからはしばらく思い出話が続いた。

 出会ってから仲良くなっていく過程、その人に音楽室の鍵をもらったって言うこと、いつも学校に忍びこんではその人のピアノを聞いたり、お話をしていたっていうこと。

 それだけを聞けば、嫉妬しちゃうくらいその人が好きだったっていうことを思い知らされるだけのお話。

 けど、そうじゃないのはわかってる。楽しかっただけじゃないのは。

「…………撫子さんの初めてって、この前、私がしたやつよね?」

「ふぇ!?」

 急にそんなお話をされて、一瞬びっくりした。

「う、うん」

「……本当に、ごめんなさい」

「う、ううん! だって、あれがあったから今こうしてるんだもん」

 聖ちゃんの心に触れることができたんだもん。だから、びっくりはしたけど決して嫌なことじゃない。

「……本当、撫子さんって優しいのね」

 聖ちゃんはどこか遠い世界のことを思うようにそうつぶやいた。

「聖、ちゃん……?」

「……私の、はじめては……あの人からだった。キスも………………それ以上の、ことも」

(え?)

 声に出せなかった。

 それ以上の、こと。

 それがどんな意味だかはわかって、私は何も言えずに聖ちゃんを見るだけになって

 さらに

「本当に大好きな人だったけど。………いわゆる同意の上じゃなかったなぁ……」

 どこか他人事のように言う聖ちゃんに完全に言葉を失っちゃっていた。

 

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