「………………ふふ」

 月明かりだけが照らす部屋で聖は乾いた笑いをもらす。

「……こんなつもりじゃなかったんだけどなぁ……」

 数時間前にこの部屋であったことを思いだし、呆れたように笑う。

(……笑いごとじゃないんだけど)

 撫子を、好きな人を悲しませてしまった。それも一方的な理由で。

(まぁ、あんなんじゃ納得してくれないんでしょうけど)

 

 

「聖、ちゃん……? どういう、意味?」

「……そのままの意味よ。私たち、終わりにしようっていったの」

「やだ」

「あは、やだってまたストレートね」

「だって、やだもん。私は聖ちゃんのことが好きなんだから。嫌に決まってるよ」

「撫子さん……」

 

 

 意外に冷静だってそう思った。

 撫子ならもっと取り乱し、すぐに泣き出すのかもしれないとも思っていた。

 

 

「訳を話してよ。言ってくれないとわからないよ」

「………言いたくないって、言っても納得してくれないわよね」

「うん。何言われたって納得なんてしないよ。だって、聖ちゃんが好きなんだよ。聖ちゃんの恋人なんだよ。納得なんて絶対しない」

「…………………」

 

 

 強い目だった。決して折れない支点を持った心。

 その支点は聖への想い。

 折れるのは自分になってしまうとそう確信できてしまった。

 だから

 

「……お願い。今日は、もう帰って。訳はちゃんと話す。でも……今はまだうまく言えないの」

 

 そうやって必死に逃げた。話すということをちらつかせ、撫子を自分の目の届かないところに追いやった。

 そうでもしないと、せっかく固めた決意が溶けていってしまうような気がしたから。

(まぁ、何にも解決してないんだけど)

 少なくてももう一度撫子と向き合わなければいけない時は来る。それを乗り越えなくても、何のために撫子と別れるという決意をしたのかわからない。

 そこで心変わりをするわけにはいかないのだ。

 撫子の、ために。

「………これは、もういらないか」

 聖は何気なく机に目を向けると撫子が見つけたものとは別のものを手に取る。

 それは聖の想いを綴った手紙。何度何度も書き直し、少しずつ形を作り、想いをそこに詰めていった。

 撫子が知りたがっていた理由がここには書いてある。

 本来聖はこの手紙だけで済ませるつもりだった。手紙にしようとしていた理由を聖は深く考えておらず、そうしようと思ったからそうしただけだった。

 しかし、撫子に別れを告げた今となってはその理由がわかる。

 考えなかったんじゃない。考えたくなかっただけ。

 直接撫子に伝える勇気がなかっただけ。

 撫子が傷つく、撫子が悲しむ。訳を話せと迫る。

 そんなことになれば決意が鈍るに決まっていた。

 今そこにある現実に意識を奪われ、撫子との関係を続けてしまう。

 撫子がそれを望んでくれたとしても……聖はそれを受け入れるわけにはいかない。

(けど…………それも自己満足なのかしら?)

 撫子は聖がどんなことを言おうとも一緒にいたいと言ってくれるだろう。

 撫子がそれを望んでいるのに自分から別れようとするのが本当に撫子のためなのかと言われれば、答えに詰まるしかない。

「でも……それでも……」

 今更翻意するつもりはなかった。

 聖が大切にしたいと思うのは撫子の【今】だけじゃない。撫子の【将来】こそ聖は大切にしたいと、守りたいと思っている。

 目の前の要求にただこたえることが好きな人のためではない。例え目の前で泣かれるようなことになったとしても本当に撫子を思うのなら………

「……私じゃ、だめなのよ」

 そう言葉にしてその決意を思い返す。

 自分は撫子にふさわしくない。

 それを思うようになったのは何も最近の話じゃない。

 というよりも初めからだ。

 撫子と恋人になったその瞬間、いやその前から自分と撫子では釣り合わないと思っていた。

 撫子の告白を受け入れるべきではないとあの時にすでに思っていた。しかし、あの場で受け入れなければ、自分は聖ちゃんの力になれなかった。と、撫子のことを悲しませるのは明白で、受け入れるしかなかった。

 最初はそれでもいいと思っていた。

 自分は撫子にふさわしくはないが、それでも撫子が望んでいるのなら、望んでくれるのなら撫子の恋人になろうと、撫子の気持ちに応えてきたつもりだった。

(けど、そんなことを考えてる時点で、ね)

 そんな恋人を演じているようなことする関係が本当の愛であるはずがない。

 それに、違うのだ。

 所詮、撫子と自分は生きてきた世界が違う。

 撫子は純粋に生きていた。

 まるで澄み切った青空のように綺麗な心を持っている。

 対して自分はどうか。

 孤独の年少時代をすごし、盲目に愛に溺れ、裏切られ、人の心を弄んできた。

 自分の心は濁りきっている。

 だから撫子を眩しくも感じるし、一緒にいることで劣等感を感じることすらある。眩しすぎて直視できないとおもってしまうことすら……

「っは……は」

 聖は急に笑い出した。

 撫子のため、撫子のためと思っておきながら、思い返した理由が自分のためなような気がしてならない。

 いや、それをわかっていたからこそ撫子のためと自分に言い聞かせ続けてきたのかもしれない。

 しかし

(もし、本当にそうなら)

 そんな醜い人間はそれこそ、撫子にふさわしくない。

 それだけは本当だと自分を笑い聖は誰のためかわからない決意を固めて行く。

 

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