チュンチュンと、鳥の鳴き声が聞こえる。
(……朝、ね)
聖はその声に反応してベッドの上から明るくなってきた窓の外を見つめる。
(………いい天気になりそうね)
カーテンの隙間からもれる光と、覗く青空に聖は心でつぶやいて
「ねぇ、撫子さん」
隣で眠る撫子に声をかけた。
「……ふふ、可愛い寝顔」
手を伸ばして撫子の頬を撫でる。
「ん、ぅ……」
「……ふふ」
寝ていても幸せそうな撫子。
撫子からしたらそれも当然の話。
なにせ撫子からすれば、聖とのわだかまりを解消して今度こそ本当の恋人になれたと思っているのだから。
そう思っているからこそあの後泊まっていってと誘ってきたのだろうし………こうして同じベッドで床についた。
「ん、ぁ……聖、ちゃん……」
夢でも見ているのから聖の名を呼んで笑う。
それは本当に幸せそうで、それを見ていると
(……痛いなぁ)
胸が締め付けられる。
それはそんな単純な言葉で片付けられるほど簡単な痛みじゃない。言葉にたとえようもないが、あえて言葉にするなら心が砕けるようなとかそんなものだろうか。
(………ほんと、なんでこんなことになってるのかしら)
撫子は許してくれた。こんな自分を受け入れてくれた。それでいい。それだけでいいはずなのに。
(……もう、本当にただの意地なんでしょうね)
誰のためでもない。自分で決めたことを貫くという理由しか存在しない様に思えた。
(まぁ、こんなことをするんだからやっぱり撫子さんにはふさわしくないのよ)
それを唯一の理由にしようとするが
(……撫子さんはそれでもいいって言ってくれるんでしょうね)
それが確信できる。
「……ふふ」
聖は今度は自虐的に笑い。
「………………………」
撫子をじっと見つめたかと思うと。
「………ごめんね」
小さくつぶやいて、頬に口づけをする。
「……さようなら」
そして、それをつぶやいてからようやくベッドを出た。
手早く着替えを終えて聖は部屋の出口へと向かっていく。
(……やっぱり、私じゃないのよ)
その間にも撫子のことだけが頭をよぎっていく。
(私は貴女がいいって言ってくれてるのに……逃げようとしてるのよ。貴女が私を好きだって言ってくれてるのに、私は貴女から逃げようとしている)
一歩一歩が重い。
(……私じゃ貴女とはとても釣り合えないわ。貴女にはもっとふさわしい人がいる。私なんかよりもきっと撫子さんを幸せにしてくれる人がいるわ)
足取りの重さは未練の大きさかもしれない。
(………幸せになって、撫子さん。私は、それだけいいから)
それでも聖は一歩一歩前に進みドアノブに手をかけた
(…………さようなら、撫子さん。ありがとう)
あえて振り返ることなく聖はドアを開けると、部屋を出る。
(っ!!?)
その瞬間、言葉にならない想いが体を駆け巡った。
(これで………終わり……)
そう、決めた。ここで撫子に無断で去ることができれば終わりにしてみせる。もちろん撫子はあきらめないだろうが、ここで撫子の気持ちを裏切ることさえできるのなら、撫子が何をしようと終わりにしてみせると決めた。
しかし………
(いいの………?)
いや、いいと決めたはず。
それこそが撫子のためだと。
(…………………………………………けど、私は?)
それを思った瞬間、胸の中で何かが跳ねた。
(……撫子さんが幸せになってくれれば、それでいい。それは、本当。だけど!)
考えてはいけないと思っていた。なによりも撫子のことを考えなければいけないと思っていた。
しかし、自分で勝手に決めた最後の瞬間にそれを思ってしまう。
(私は……これでいいの?)
今ここで撫子と別れてしまえば、もう撫子と恋人でいられなくなってしまう。
もう撫子に笑いかけてもらうことも、優しく抱きしめてもらうこともなくなってしまう。
それに
(……撫子さんに幸せになって欲しい?)
それは撫子を他の誰かにゆだねること。
撫子が自分以外の人間と笑うことを許すこと。
「っ………」
(そんなのは……そんなのだけは……)
考えてはいけないと思っていた。これまで散々人のことを傷つけ、心を弄んできた自分などが自分のことを優先していいわけがないと思っていた。
けど!
(嫌!)
聖は気づくと振り返りドアを勢いよくあけ、
「撫子さん!!」
ベッドにいる撫子のもとへ駆け寄っていった。
「好き……! 好きなの撫子さん。貴女が好き」
まだ眠っている撫子にすがりつきながら聖は涙を流しながら気持ちを吐き出していく。
「貴女が他の誰かと笑うなんて嫌。ずっとあなたと一緒にいたい。貴女が好きなの! こんな私を好きって言ってくれた貴女が大好きなの」
眠っている撫子にとっては意味のない告白。
しかし、聖にとってそれを認めることは大切な勇気だった。
(……幸せになって欲しい?)
違う!!
「大好き…………大好き……大好きなの」
涙を流しながら聖は撫子を抱きしめる。
「ずっと一緒にいたい、あなたの側にいさせて。私が……」
思いのたけを吐き出しながら聖は言ってはいけないと思っていた言葉を形にする。
「私が! 貴女を幸せにして見せるから」
撫子が何より待ち望んでいた言葉を。