私の世界は変わった。

 藍里ちゃんと葉月ちゃんのキスを見たあの時から。

 それは最初すごくつらいことだった。

 みんなとの距離がわかんなくなっちゃったし、みどりちゃんも含めてほとんどのお友達とまともに話せなくなっちゃったりもした。

 けど、世界が変わって悪いことばっかりじゃなかった。

 まずは、聖ちゃんとお友達になれたこと。キスのことがきっかけでお話しするようになって、すぐ優しい人って思った。私が不安がってることを見抜いてくれて、心配して欲しいことを心配してくれたりもして本当に同じ年とは思えないくらい大人っぽくて素敵だって思ってる。今じゃみどりちゃんのことをお話ししたりとか、私の相談に乗ってくれたりしてくれる。

 それと、奏ちゃんとお友達になれたのも、キスのおかげ。

 私と同じ経験をしてた奏ちゃん。キス、とかそういうことはあの最初に話した日に話したっきり話したことはないけど、だからこそそういうことをまったく考えないで話せるただ一人のお友達で、一緒にいると安心できる。

 考えてみると不思議かも。

 同じキスがきっかけでお友達になった二人なのに、聖ちゃんとはそういうことを話したり、相談するのに、奏ちゃんとは全然お話ししない。

 聖ちゃんはそういうのに詳しそうで、奏ちゃんは反対にそういうの嫌いみたいだから当たり前と言えば当たり前かもしれないけど、でもやっぱりちょっと不思議な感じ。

 とにかく、私は今変わった世界の中を案外楽しく過ごしていた。

 

 

「よし、っと」

 放課後になった私は、自分の席で荷物を整えると一つうなづく。

「おー、撫子―帰るの?」

 その後ろから、はきはきとした声が聞こえてくる。

「葉月ちゃん。うん」

「そ。なら、一緒に帰る?」

 一緒に藍里ちゃんが私のところにやってきてそう提案してきた。

(……本当にいつも一緒だなぁ)

 意識してそれを考えるようになってから二人が一緒にいない時なんてほとんど記憶にないほどいつも一緒にいる。

「あの、ごめんね。今日は、約束があるから」

 前ならそのことを少し複雑に考えていたけど、今は深くは考えずそうやって断りを入れた。

「そ。ならしかたないか」

「うん、ごめんね。また今度誘って」

「ん、そうするわ」

 みどりちゃんがいないところでそんな風に二人と会話をして私は教室を出ていくと靴を履きかえて、でも校門じゃなくて、裏口のほうに向かって行った。

 今日は、奏ちゃんと待ち合わせ。

 クラスが同じの聖ちゃんとは普段も話すようになったけど、奏ちゃんとはクラスが違うこともあって普段お話しすることはほとんどない。

 だからっていうわけでもないけど、お友達になったあの日に奏ちゃんが言ってたようにこうして一緒に帰りながらお話しするのが多くなっていた。

 裏口が待ち合わせ場所なのは、奏ちゃんがそう言ってくるから。意味があるのかわからないけど、もしかしたら最初にお話ししたときのことを想い出みたく思ってくれてるからなのかな?

「撫子」

「奏ちゃん」

 そんなことを考えながら今日も待ち合わせ場所についた。

「遅い」

 私が目の前に来ると奏ちゃんはいつも怒ってそうな、でもよく見ると可愛い瞳で私を睨みつける。

「ご、ごめんね。ノート提出するの忘れてて職員室に行ってたの」

「ふーん。ま、いいけど。撫子がトロいのはもうわかってるし」

「そ、そんなことないよ」

 仲良くなったからだって思うけど、奏ちゃんってちょっとだけ口が悪い気がする。藍里ちゃんみたいに思ったことはすぐ言葉にしちゃうみたいで、ストレートな物言いが多い。

「ん? 何わらってんのよ」

「んーん。なんでもない」

 でも、そうやって飾らない姿を見せてくれるのは奏ちゃんが私のことをお友達って思ってるからだって勝手に思って嬉しくもなる。

「何それ? なんでもないならなんで笑ってんのよ」

「だから、何でもないってば。ほら、いこ」

「ったく、後で話しなさいよ」

 なんていってるけど、多分本当のことを話したら、恥ずかしいこと言ってんじゃないってちょっとほっぺを赤くしながら怒るくせに。

 そんなところを想像してまた小さく笑うと奏ちゃんと一緒に歩いて行った。

 

 

 奏ちゃんと帰るときは大抵、初めてお話しした公園で寄り道をしていく。たまに本屋さんとか言ったりもするけどほとんどはあの公園。最初の時みたいに、ブランコに座りながら他愛のないおしゃべりをする。

 内容は本当に普通のこと、テレビのこととか学校のこととか。みどりちゃんたちと話すときと同じようなことばかり。私たちがお友達になったきっかけのことは、本当に全然離さない。私たちはあくまで普通のお友達としての時間を過ごしていた。

(……昨日も、楽しかったな)

 次の日、今日は帰るとき誰とも会わなくて一人で校門に向かいながら奏ちゃんとのことを思い出していた。

 昨日の今までの例から外れることなく、普通のことを話していたけど、特別なことがなくても話してるだけで楽しいって思えるのが仲のいいお友達なんだって思う。

 まだ付き合い始めてから一か月も経ってないけど私からすると奏ちゃんは仲のいいお友達だって思えてた。

「撫子さーん」

「っ? 聖ちゃん」

 そんな風に奏ちゃんのことを考えてると、もう一人話すようになってから間もないのに仲がいいって思えるお友達に後ろから声をかけられた。

「今、帰り?」

 私を呼んだ聖ちゃんは小走りで私のところまで来てくれる。

「うん」

「そう、じゃ、一緒に帰らない?」

「うん」

 私がそうやってうなづくのと同時に聖ちゃんは私の隣に並んで歩き出す。

「はぁ、やっと一週間が終わったわね」

 聖ちゃんと話すことも奏ちゃんと比べてそんなに差があるわけじゃない。そもそもお友達なんだから、誰とだってそこまで話すことが変わるわけはないんだけど。

 ただ、やっぱり興味あることや、好きなことがあるから話しやすい話題とか、話に上がらないような話題もある。

 そんな中で私が聖ちゃんと話すことは

「んー? どうかしたのかしら? 撫子さん」

 私より背の高い聖ちゃんとお話しししようとするとどうしてもちょっと顔が上を向く。

(……こういうところでも、聖ちゃんって大人っぽくかんじるなぁ)

 って、ちょっと話がそれちゃったけど聖ちゃんとお話しすることは【人間関係】についてが多いかも。

「そ、そういえば、聖ちゃんってすごいよね」

「あ、あらら? なにかしらいきなり」

「今日も、お昼休み一年生の子とお話ししてたでしょ?」

「あ、あー……見られてたの?」

「うん。前も、二年生の子と一緒にいるのみたし、下の学年にもお友達多いみたいから、すごいなって思って」

 聖ちゃんは本当にそう。教室以外で見かけるときもほとんど人と一緒にいる。同じ学年の人ももちろん、二年生の子や、一年生の子と一緒にいるのを見ることも多い。

(も、もしかしたら……そういう関係の子がいるの、かな?)

 聖ちゃんが、そ、そういう人だっていうのはなんとなくわかってる。直接見たことがあるわけじゃないけど、でもそういう雰囲気ってわかるから。

 ただ、もしそうだとしてもその中の一人なわけで、他の子はお友達だって考えたらやっぱりすごいって思う。

「お友達、ね……ははは」

「私って、お友達あんまり多くないからうらやましいって思っちゃう」

「うー、うーんと、友だちは数じゃないわよ。一緒にいて嬉しいって思える子が一人でもいたらそれだけでも素敵なことよ」

「うん」

 こういうことがすんなり言えるのも聖ちゃんが大人っぽいところだって思う。

 それに聖ちゃんの言葉って、なんだか重いの。うまくは言えないんだけど、ちゃんとした背景があって、それが伝わってくる気がする。その重さの中身まではわからないけど、とにかく私から見たら聖ちゃんはすごく大人っぽくて他の誰とも違うお友達だった。

「そんなわけで、私からしたら撫子さんのことのほうがうらやましいけどな」

「え?」

 だからこんなこと言われるなんてまったくの予想外だったの。

「あの……?」

「撫子さんには、そういう人がたくさんいそうだから」

 どういう意味かってちゃんと聞こうと思っていたけど、先回りして聖ちゃんは私が質問しようとしていたことを答えてくれた。

 それで、言われたこともそうだってうなづける。

 お友達は多くないけど、みどりちゃんとも藍里ちゃんとも、葉月ちゃんとも。………奏ちゃんとも一緒にいて嬉しいって思うもん。

 それと

「ひ、聖ちゃんだって、その一人、だよ」

 本人の目の前で言うのは恥ずかしかったけど、でも今は言わなきゃって思ったの。

「っ!?」

「ふふ……」

 そうやって言うのと同時に聖ちゃんは急に私の頭を撫でてきた。

 優しくて、あったかい聖ちゃんのなでなで。

(…………?)

 けど、ちょっとだけいつもの聖ちゃんとは違う顔。

「ありがとう。撫子さん」

 言いながらすぐにいつもの優しい、大人の笑顔に戻る。

「う、うん」

 それがどういう意味なのか考える間もなく聖ちゃんは

「じゃあ、またね。撫子さん」

 そう言って二又に分かれた道を去っていく。

(聖ちゃん………?)

 残された私は不思議な気分のまま小さくなっていく聖ちゃんの背中を見つめていた。

 

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