この前は仲良くなるのに時間は関係ないなんて話をしたかもしれないけど、やっぱり時間っていうのは大切だって思う。
たとえば、私と一番付き合いの長いお友達はみどりちゃん。小学校低学年のころからずっと一緒でお互いに一番いろんなことを知ってる。家族構成とか、好きな食べ物とか、テレビ番組とか、本とか。藍里ちゃんや葉月ちゃんにも知らない色々な思い出とか。
藍里ちゃんや葉月ちゃんのこともいろんなことは知ってるって思うけど、それはみどりちゃんほどじゃないし、まして、最近仲良くなった聖ちゃんや奏ちゃんのことは知らないことばっかりなのかもしれない。
「………灰根さんのこと?」
「う、うん。確か、藍里ちゃんって聖ちゃんと小学校一緒だったよね?」
聖ちゃんと一緒に帰ってから週が明けた月曜日、私はたまたま二人きりになったお昼休み藍里ちゃんの席でそんなことを聞いていた。
めずらしく葉月ちゃんがいないのは、委員会の仕事みたい。先生に頼まれごとしたとかだったら藍里ちゃんも一緒に行くことが多いけど、委員会となると部外者が出る幕じゃないから。
「まぁ、そうだけど。あんまり詳しくは知らないわね。クラスも一年と、三年の時に一緒になっただけだし」
「そう、なんだ」
「そういえば、最近撫子はよく話してるわね。いつの間に仲良くなったの?」
それまであんまり興味なさそうにしてた藍里ちゃんだったけど、聖ちゃんのことじゃなくて私のことに話を変えるとそのクリクリとした可愛らしい瞳を向けてきた。
藍里ちゃんはこういう人。好き嫌いがはっきりしてるっていうのか、興味ないこととあることじゃ全然反応が違う。
つまり、聖ちゃんのこと自体は興味ないけど、私が聖ちゃんのことを聞いてきたのは興味があることみたい。
「う、うん、ちょっとね」
それは藍里ちゃんにきちんとお友達だって思われてるっていうことだから嬉しいことなんだけど、私は聖ちゃんのことを聞いてみたいっていう目的とは外れちゃう。
「そのちょっとを話せって言ってるのよ」
藍里ちゃんは不敵に笑う。自信に溢れて、有無を言わせない威圧感を感じさせるのが藍里ちゃん。こんな小さいからだのどこからこんな迫力があるんだろうって疑問に思うけど、それも自信からきているのかもしれない。
普段なら、こういう時迫力と勢いに負けて藍里ちゃんに話しちゃうんだけどさすがに今回はそういうわけにはいかない。
「た、大したことじゃないの。その……ちょっと、相談に乗ってもらったりして」
「ふーん……わざわざみどりでもなく、灰根さんにね。ちょっと、って感じじゃない気もするけど」
(ぅ………)
さすがに鋭い。今まで私が聖ちゃんとほとんど話したことがないのは藍里ちゃんも知ってること。そんな状態で、相談をするっていうにはそれなりの理由があるのが当然。聖ちゃんじゃなきゃダメな理由。もしくは、みどりちゃんや藍里ちゃんたちには言えない理由が。
今回の場合はその両方だから、藍里ちゃんにそれを言うわけにはいかなくて
「…………まぁ、撫子の人間関係にまで口を出すつもりはないわ」
そういう気配を察してくれたみたいで藍里ちゃんは引いてくれた。
「けど、悪いけど期待には応えられないわ。さっきも言ったけど、あんまり仲良くないし」
「あ、そう、なんだ……」
この前聖ちゃんと一緒に帰ったとき、聖ちゃんの様子がちょっとだけ気になってできたら聞いてみようって思ったわけだけど、そういうことならしょうがないや。
もともと、少し気になったっていう程度だし、藍里ちゃんと話すのに特に話題が思いつかなかったから口にした程度。
だから、藍里ちゃんがこんなことを言わなきゃ多分これで忘れていたはずだった。
「ただ……昔とはだいぶ違う気がするね」
「え?」
「最後にクラス一緒になったのは小学校三年の時だけど、その時は全然今みたいな感じじゃなかった」
「どんな感じだったの?」
「んー、はっきり言って正反対ね。いつも静かで、一人でいることも多かったし」
それは確かに全然今と違う。
今はいつも誰かと一緒にいるし、静かっていう感じじゃない。むしろ聖ちゃんの周りはいつも賑やかってイメージ。
「まぁ、昔のことだし、その時もあんまり話しなかったからそう思い込んでるだけかもしれないけどね」
藍里ちゃんはこんな風に言って、その後はもう聖ちゃんのことを話したりしなかったけど私はこの前のことと、藍里ちゃんがお話ししてくれたことが頭から離れなくなった。
その後も聖ちゃんのことはなんとなく気にしてた。
それで思ったのはやっぱり聖ちゃんはお友達が多いなぁっていうこと。朝のホームルームが始まる前、授業と授業の休み時間、お昼休みに放課後。
聖ちゃんが一人でいるっていうのはほとんど見ない。クラスメイトだったり、別のクラスの人だったり、下級生だったりと相手は様々だけどいつも人といる気がする。
誰とでも仲がよさそうで、いつもニコニコしてて、素敵だって思う聖ちゃん。
それが本当の姿って思うけど
「撫子さんには、そういう人がたくさんいそうだから」
こう言っていたときの聖ちゃんが気になる。
まるで、自分にはあんまりそういう人がいないみたいな言い方。
私がみる限りそんなことはないって思うけど………
(………………)
あの時に頭を撫でてくれた聖ちゃんの顔。
うまくは言えないけど、私が普段見ている聖ちゃんだけが聖ちゃんの全部じゃないって思わせる姿だった。
それと、藍里ちゃんが話してくれた昔の聖ちゃん。昔だから今と違うんだっていえばそれまでかもしれないけど。
(でも…………)
聖ちゃんの言葉と、藍里ちゃんから聞いたこと。どっちかだけだったらここまで気にすることはなかったって思う。二つが合わさったから私は聖ちゃんのことを気にしちゃって。
「ふふふ………」
今、こんなことになっちゃってる。
クローゼットと、青いシーツのベッド。勉強机とその脇にある小さな本棚。必要最低限のものしか置いてないこのお部屋の中央の床にぺたんと座りながら私は、
「はい、撫子さん」
「ありがとう、聖ちゃん」
この部屋の持ち主の聖ちゃんから湯気の立つカップを受け取っていた。
そう、ここは聖ちゃんのお部屋。
普段の姿からはあんまり想像できない。何にもないお部屋。聖ちゃんがお茶を入れてきてくれる間に少し見回してみたけど、本当に何にもない。
私のお部屋みたいにぬいぐるみがあったりもしないし、雑誌とか漫画が置いてあったりもしない。本棚に本が詰まってはいるけどそれもあんまり数はないし、あんまり読まれてる気配もない。
部屋に来た時に聖ちゃんが謝ってくれたけど、小さなテーブルとかクッションとかもなくて、表現するならあんまり人がくることが考えられていないようなお部屋。
そんな場所にどうしているのかっていうと、それは少し前のこと。
今日の私は放課後特に用もなくて、自由な時間になるとすぐに帰ろうと思っていた。教室にカバンを取りに来ても、みどりちゃんを始め一緒に帰ろうと思えるほど仲のいい人はいなくて一人で帰ろうとしてた。
校門まではそのまま一人で歩いていたけど、校門に寄りかかっていた聖ちゃんに話しかけられた。
「こんにちは、撫子さん」
「こ、こんにちは。誰か、待ってるの?」
わざわざ校門のところにいたんだからそれが当然と思って声をかける。
「ふふ、もう来たわ」
「え……わた、し?」
「えぇ、そうよ。撫子さんのこと待ってたの。一緒に帰らない?」
「う、うん……」
何か用かなと思いながら少しの間他愛のないことを話して歩いて行った。
「あ、あの、聖ちゃん。何か、用なの?」
わざわざ待っててくれたんだから、聖ちゃんのほうから言ってくるのかなと思ってたけど聖ちゃんは何にも言ってくれないから、私から聞いてみた。
でも、聖ちゃんの答えは私の想像とは違った。
「用があるのは撫子さんのほうじゃないのかしら?」
「え?」
その言葉にぽかんとしちゃう。
だって、聖ちゃんがわざわざ校門で待ってまで話しかけてきたのに。
「最近、撫子さん、私のことよく見てたじゃない」
「あ………」
「あんまり熱い視線だったからドキドキしちゃったわよ?」
ふふふと、聖ちゃんは嬉しそうに笑った。
「それで、何か用かしら?」
「あ、え、えと……」
私は聖ちゃんに気づかれてないって思ってたから、見てたのがばれてたっていうことにかぁっと頬を熱くする。
「ふふ」
聖ちゃんはそんな私を楽しそうに見ていた。
(えと……えと………)
どうしよう。何か話したいことがあったわけじゃないの。ただ、聖ちゃんのことが気になってて。
でも、それをうまく説明はできない。どうしてこんなことしてるのか自分でもよくわからないんだもん。
だから、私は困ったままこれ以上何も言ってこない聖ちゃんを見上げていると
ぽつ、ぽつ。
「あ………」
それより上から冷たい雫が降ってきた。
「あらら、雨は夜からって言ってたのにね」
「あ、聖ちゃ……」
私は降ってきた雨を理由にこの話を打ち切ろうって思ったけど
「ねぇ、私の家に来ない? もうすぐ近くだから」
そう誘ってきた聖ちゃんを断りきれなかった。