「あ」

 聖ちゃんとお話をした次の日。

 私はお昼休みに奏ちゃんを探していて、見つけた場所で思わずそう声を出した。

 それはどこかで予想した居た場所。お昼休みにすぐ奏ちゃんのクラスに行ったけど、いなく一番初めに思いついた場所。

 普段ここで見かけるのが多かったわけじゃないけど、でも、今日はここにいる気がしたの。

 この、奏ちゃんの世界が変わった場所に。

「…………」

 奏ちゃんは私がいるのに気づかないみたいで、その場所を一心に見つめている。それはとても辛そうで、せつなそうで。

 小さな奏ちゃんの体が初冬の冷たい風でさらわれてしまいそうなそんな心細さを感じた。

「奏ちゃん」

「…………」

 すぐ近くに行って声をかけても気づかないくらいに奏ちゃんは何かを見ている。

「奏ちゃん」

「っ!?」

 もう一回大きな声で呼ぶとやっと奏ちゃんは気づいてくれたみたいで

「撫子………」

 少し気まずそうに私のことを呼んでくれた。

「なんか、用?」

 自分でも元気がないのがわかってるのか、それを振り払うように奏ちゃんは笑顔になる。どこか、無理も感じられる笑顔に。

「あのね、今日一緒に帰らない? お話したいことがあるから」

 今日は毎週ある奏ちゃんと帰る日じゃない。でも、そんなの待ってられなくて今すぐにでもお話がしたい。

「ん、いいよ」

 奏ちゃんはもしかしたら私のしたいことがわかっているのかもしれないけど、了解してくれた。

「私からも聞きたいこと、あるし」

「え? なぁに?」

 私は明確に目的があってお話したいって思うけど、奏ちゃんがそんなこと言うなんて思わなかったから思わず聞き返しちゃう。

「ん、まぁ……内緒。帰る時でいいよ」

「う、うん」

 奏ちゃんのお話したいことってなんだろう。

 そんな疑問はできたけど、とにかく約束できたことに満足して今はすぐに別れて行った。

 

 

 放課後になって奏ちゃんと一緒に帰る。

 ううん、帰ってるんじゃなくて寄り道。

 奏ちゃんと初めてお話をした公園に私たちは向かってた。

 その間会話がなかったわけじゃないけど、お互いに何か言っても一言二言で話が途切れちゃってどことなく気まずい雰囲気のまま私たちは歩いていく。

「誰も、いない、ね」

「そうね」

 ついた公園には誰もいなかった。

 普段なら小さい子たちが遊んでたりすることが多いけど、もう寒くなってきた影響かがらんとした公園はどこか物悲しい。

「あ………」

 私がいつもより広く感じる公園を見渡していると奏ちゃんは先に中に入っていっていつかのようにブランコに座った。

 私もあわてて奏ちゃんを追いかけて隣に座る。

「……………」

 どう話を切り出そうかって思っていると

「私から、いい?」

 奏ちゃんが私を見ないでそう言った。

「う、うん。なぁに?」

「……この前、あいつと話してた、よね?」

「え?」

 あいつ?

 一瞬誰の事だろうって思った。けど、奏ちゃんがこんな言い方をするのはきっと

「伊藤さんの、こと?」

「……そう、それ」

 また、こんな言い方をする。

 奏ちゃんの言い方。共感はできないけど、想像はできる。奏ちゃんの気持ちが見える今の私なら。

「何、話したの?」

「……奏ちゃんの、こと」

 素直に話していいのか、ちょっとだけ迷った。でも、これ避けたら奏ちゃんの心には届かないって思うから。

「………そ」

 でも、奏ちゃんはそうやってうなづくとそこで黙っちゃった。

 軽くブランコに揺られて、苦しそうな顔をしたまま私を見ないで前だけを見つめてる。

「あ、と……それ、だけ?」

 話が終わったのかわからない私は、自分の話をするわけにもいかずにそう問いかける。

「……それだけ」

 それは意外な答え。普通ならここで何を話したのかって聞いてくるところだって思うけど。

 それは、余計な心配だったっていうか、私は自分のことばっかりで奏ちゃんのことが見えてなかったって次の瞬間に思い知る。

「だって、撫子の話ってそのことでしょ」

「っ!?」

 感情を隠した奏ちゃんの言葉が胸に響く。

(わかって、たんだ………)

 だから様子が変だったのかな。

 ううん、もしかしたら心の準備をしてくれてたのかも。

 真実はわかんないけど、でも私のすることは

「うん」

 私のままに奏ちゃんの力になることだ。

「えとね……あの、ね……うんと、ね」

 奏ちゃんの言葉を受けて話しだそうとするけど、言葉がうまく出てこない。お話ししようとは考えてたけど、覚悟みたいなのをちゃんと決めてたわけじゃない。

 改めて思うとすごく奏ちゃんの心に踏み込んだことを言うのがわかって尻込みしちゃってる。

「変な、こというかもしれない、けど、ね」

 で、でも、力になるって決めた、から。

「……」

「か、奏ちゃんって……」

「………」

「伊藤さんのことが」

「………………」

「す、好き、なの?」

「……………………」

「っ!?」

 こっち、見た。

 ずっと私のことを見てくれてなかった奏ちゃんが私を見てる。

「あんたさぁ……」

 その瞳は不思議な色をしてる。悲しそうにも、呆れてるようにも見える。

 怒ったりはしてないって思うけど。

「おせっかいだって言われない?」

「え?」

 奏ちゃんが口にしたのはこんなこと。私の言ったことには答えないで代わりに私のことについて聞いてきた。

「頼まれてもいないのに余計なことしたり、勝手に思い込んで余計なものまで背負いんだりとかしない?」

「う、うん……そう、かも」

 あんまり自覚はないけど、藍里ちゃんや葉月ちゃんにはそういうこと言われることもある。それに、聖ちゃんにも何度か言われたし。

「損な性格ね」

 奏ちゃんは呆れたようにいった。

「え、えと……そんなことはないって思う、けど」

 うん、そんなことない。大変って思うことがないわけじゃないけど、でもしたくてしてることだもん。

「ふーん………ま、それが撫子らしいのかもしれないわね」

「あ、ありがとう」

 あ、あれ? なんで私がお礼言ってるんだろ?

 あ、も、もちろん奏ちゃんにお礼言うのが嫌なんじゃなくて私のしたい話はこういうことじゃないような……

「……撫子の言うとおり」

「え?」

「好きよ。あいつのこと。多分……ううん、多分じゃなくて友だち以上の意味でね」

「あ………」

 あっさり奏ちゃんは言った。思わず拍子抜けしちゃうほど、簡単に。

「ま、恋かって言われるとよくわかんないし、気づいたのも最近だけど」

「奏ちゃん……」

「つまりそういうこと。もう終わってるってこと」

「そんな、こと……」

「終わってんでしょ。あいつにはもう、私より好きな相手がいるんだから」

「っ……」

 みどりちゃんの時と一緒。

 好きな人がいて、でもその好きな人には別に好きな人がいる。

 それはすごくつらいことだってわかる。みどりちゃんを見てきた私には。

「……大体、あんなひどいこといって 嫌われてるに決まってんじゃん。今更、何にもしようないじゃない」

 奏ちゃんの言うことには間違いがあった。

「ち、違うよ。伊藤さんは奏ちゃんのこと嫌いになってなんかないよ」

「気休めならやめてよ。私があいつに何言ったか知ってんの? あんなこと言われて嫌いにならないわけないじゃない」

 知らない。知らないよ。奏ちゃんのこと全部知ってるわけじゃないんだもん。でも、でもね。

 奏ちゃんが知らないことを知ってるんだよ。

「そんなことないよ。この前、伊藤さんと話した時、伊藤さん泣いてたんだよ。奏ちゃんに嫌われちゃったって泣いてたんだよ」

「っ……」

「仲直りしたいって思ってるんだよ」

「っ、うるさい!」

 奏ちゃんが急に大きな声を出した。

 うつむいて、私の声から逃げるように。

「奏ちゃんだって、ううん、奏ちゃんの方がわかってるよね。伊藤さんも、奏ちゃんも本気でお互いのこと嫌いになったりなんかしないって」

 私とみどりちゃんだってそうだったもん。本気で嫌われちゃったって思ったけど、そんなことはなかった。それは、それまでに培ってきた想い出が絆があったから。

 同じ絆が二人にだってあるはず。

「奏ちゃんだって、そうだよね。奏ちゃんも仲直りしたいんだよね」

 普段なら人の気持ちを決めつけたりとか、こんな風に強気になんか慣れない。でも、みどりちゃんとのことで実感があるのとなにより奏ちゃんにしたいことをしてほしいから。

「っ……そん、なの、今更………」

 奏ちゃんは悔しそう。何にたいしてそんなに悔しがってるのか私にはわからないし、奏ちゃんだってはっきりしてないのかもしれない。

 でも、

「奏ちゃん、言ってたよね。みどりちゃんとのことで相談に乗ってもらったとき。謝らなきゃダメなんだって。奏ちゃんだって、謝りたいから、仲直りしたいから言ってくれたんでしょ?」

「私は、別に……そんな」

「駄目だよ、喧嘩したままなんて。きっと後悔しちゃうもん」

 お互いが本気で嫌いにならなくたって、離れて行っちゃうことはあるかもしれない。そうしたら、好きっていう気持ちが叶うとか叶わないとかじゃなくて絶対に後悔しちゃう。

「ねぇ、奏ちゃん。意味ないとか、今更とかじゃなくて、奏ちゃんがしたいことをしなきゃだめだよ」

 私は自分でも無意識に奏ちゃんに寄り添って、膝に置かれてる手に手を添えた。

「仲直り、したいんだよね」

 これが私の精いっぱい。けど、きっと

「………………撫子ってさ」

 奏ちゃんはゆっくり私の手を振り払って、

「……やっぱ、おせっかい」

 その言葉に私は気持ちが通じたことを喜んだ。

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