あったかい。
最初思ったのはそんなこと。
目の前に、聖ちゃんの睫毛が見える。
唇に何かが触れている。
柔らかい。
(え…………?)
何? 何が起きてる、の?
ほんの少しの間そんなことを考えた。
答えなんて本当はもうわかっているはずなのに。
そう、今私は
「っ!!??」
キスをされているということがわかって、すごい勢いで体を引いた。
「あ、ぁあ、あ、あっ」
きっと真っ赤になっている顔で、言葉にならない声を出す。
「ふふふ」
聖ちゃんは嬉しそうに笑ってる。
その瞳は切なく潤んでいて、どこか大人っぽくて色っぽくて、その唇は
(……キス……、キス、したんだ。私のファースト、キス)
それがわかっちゃって、今度は何にも考えられなくなっちゃう。
ただ、ぼおっと聖ちゃんのことを見つめるだけ。
「可愛いわぁ、撫子さん」
あ、聖ちゃんが私のことを呼んでる。
「ほぁ?」
何か言わなきゃいけないってわかるけど、頭がうまく働いてくれなくて口が半開きになったまま、変な声がでるだけ。
そんな自失した私に聖ちゃんは手を伸ばしてくる。
「っ!」
ほっぺに手を添えられた。
「ふふ、すべすべ」
軽く撫でられる。
「あ、………ぁ」
なんで聖ちゃん、こんなことしてるんだろう?
私、どうしてここにいるんだっけ?
確か、聖ちゃんがお話したいことがあるからって言われて教室で待ってて、それで聖ちゃんが来て。
…………ほっぺたをなでなでされてる。
どうして?
そうだ。聖ちゃん、お礼を頂戴って言ってた。
ほっぺを撫でることがお礼なのかな?
そんなのでいいのかな?
「んっ………」
現実逃避をする私の目が聖ちゃんの唇を捉えた。
(あ、れ………?)
それをきっかけに現実へと引き戻される。
「撫子さん」
「ぁ………」
目があっちゃった。
「ん……」
肩を抱かれる。腰に手を回される。
体が、引き寄せられる。
それが何を意味するのかわかっちゃって。
怖く、なって。
「やっ!!」
ガシャン! って机にぶつかった聖ちゃんの体が大きな音を立てる。
「あ………」
それから床に倒れた聖ちゃんのことを見て、私は聖ちゃんを突き飛ばしたっていうことを後から気づいた。
「ご、ごめんね! あ、あの……ごめん、ね」
他に言うことはあるような気がするのに私は自分のしたことを謝るだけで
「撫子さん……」
私のことを呼ぶ聖ちゃんのか細い声に、今更瞳の奥が熱くなってきて。
私は、今あったことと聖ちゃんを突き飛ばしたことに怖くなって
「ご、ごめんなさい!」
またそう言って教室から飛び出していった。
お腹すいた。
夜、私はベッドの中でそんなことを思っていた。
だって今日は給食を食べてから何も食べてないんだもん。
教室から飛び出して何にも考えられないまま家に帰ってきて、そのままベッドに潜り込んだ。
それで泣いちゃった。
ずっと、ご飯も食べないでこんな時間になるまで。
だって信じられない。信じたくない。
キスを、した、なんて。
初めてのキスをされちゃったなんて。
全然信じられない。
だって、キスだよ。
いつか私も好きな人ができて、仲良くなって、両想いになって、素敵なデートして、いつも一緒にいるようになって、それで……いつか、いつかはするのかなって思ってた。
そんなの全然いつになるか想像もしてなかったけど、でもいつか素敵なキスをしたいって思って、た。
なのに。
「っ!!」
聖ちゃんの唇を思い出してまた瞳の奥が熱くなっちゃう。
私の初めての、キス。
「っ………」
あ、また……泣いちゃう。涙が止まらなくなっちゃう。
「ぅ、……っく。ひっく」
なんで、どうしてキスをされたの? 聖ちゃんはどうしてあんなことをしてきたの?
お礼が欲しいって言ってた。
キス……が、お礼、なの?
そんなの、おかしいよね。おかしい、おかしいよ!
だって、キス。
初めての……キス。
聖ちゃんはお友達で、仲がいいけど、でもお友達で。【好きな人】じゃないのに。
なのに、キスをしちゃった。キスをされちゃった。
私の初めての人は、聖ちゃん。
嬉しいとか、嬉しくないとかじゃないの。
わけがわからないの。信じれらないの。信じたくないの。
(変だよ、こんなの)
「ぁう……あぁああ、ひぐ」
また、とまんない。
現実だってわかってるのに、現実だって思いたくない。キスをされちゃったっていうことがだけが頭の中を駆け巡って、涙が出ちゃう。
(柔らかくて、暖かくて……)
しかも、キスをされた感触がはっきり思い出せてそれが怖くてどうすればいいのかわからなくて私は、お布団をかぶって泣くしかできない。
学校から帰ってきてからずっとこんなことをしてる。
お腹は減ってるけど、何にも食べたくなくて。眠いのに、寝たいとも思わなくて。
何十分もぼーっと何にも考えられない時間があるかと思えば、こうして泣いちゃうときもある。
ずっとこうしちゃうじゃないかって思うほどにベッドの中で縮こまってる。
「……………………聖、ちゃん」
聖ちゃんのことを考えなきゃいけないはずなのに。
そのことが一番怖くて私は、結局この日何にも考えられないまま泣くだけでいつの間にか眠りへと落ちて行った。
明日からどんな顔をして学校に行けばいいのかわからずに。
聖ちゃんが何を考えてるかも知らずに。
ただ私のファーストキスが奪われた日の夜を孤独に過ごすしかなかった。