あんなにすごいことがあったのに、私は朝になるといつもと同じ時間に起きて、真っ赤になってた目で顔を洗って、制服に着替えて、お母さんに大丈夫って心配されながら朝ごはんを食べて。
学校に向かってる。
どうしてこんなことできるのか自分でもわからない。ほとんど眠れてないのに、ショックは全然昨日のままなのに。
それでもいつも通り学校にむかってる。
いつもの登校路。
田んぼがあって、小さな住宅街を過ぎて、二十分もすると校舎が見えてくる。
ここまでくると周りには私と同じように学校に向かってる人もいて、楽しそうな話し声が聞こえてきたりもする。
今日はちょっと早く家を出たから少し静か、かな?
それとも私が聞いてないだけなのかも。
自分のことしか、これからのことしか考えられないから。
(………聖ちゃん、もう来てるの、かな?)
聖ちゃんのことしか考えられないから。
何話せばいいのかな?
そういえば昨日突き飛ばしちゃったけど怪我とかしてないのかな?
「………こ」
もし怪我しちゃってたら謝らなきゃ。
「おーい、撫子―?」
あ、けどそれにはきちんと話さなきゃいけないけど、何話せばいいかわかんない。
聖ちゃん、昨日のこと話してくれるのかな? どうしてあんなことしたのかってちゃんと話してくれるのかな?
まだどこか昨日のことを受け入れられてない私はまるで他人事のようにそんなことを思っていた。
キスそのもののことは見ないふりをして、聖ちゃんとどんなことを話せばいいのかなって。
でも。
「って、こら、返事しなさいよ」
「ふあ!?」
急に髪が引っ張られて視界がぐるりと変わる。
「あ、奏、ちゃん………」
「やっと気づいた? まったく撫子がぼーっとしてるのはいつものことだけど、無視はしないでよ」
「ご、ごめんね」
「別に謝らなくていいけど。撫子がそういう時ってなんか悩んでるっていう時なんだろうし。何かあった?」
二人で歩きながら奏ちゃんが何気なく言ってくる。
その瞬間。
(っ!!!??)
朝起きてから、無意識にも意識的にも心の奥に押し込んでいた昨日のキスがよみがえった。
両手で体を抱えて、
「あ……ぁあ」
怯えたように声を出す。
朝からずっと聖ちゃんのことは考えてたけどでも、キスの、ことは……
その時の感覚が体中によみがえって震えるしかできなくなった。
「なでし、こ?」
(っ!? かなで、ちゃん)
その中で横に奏ちゃんがいるのを思い出して、
「な、何でも、ない、よ」
無理なことを口にした。
「いやいや、何でもないわけないでしょ。どうかしたん?」
「ほ、本当に何でもないの。ちょっと、びっくりしちゃっただけで。本当だよ。全然なんでもないから」
無理に明るくかえって不自然な態度で奏ちゃんにそう言った。
だって……だって、知られたく、ない。
私の初めてが、あんな急に、いきなり、私の意志とは関係なく奪われちゃった、なんて。
絶対に誰にも言えない。誰にも知られたなくないから。
「その反応はどう考えても何かあったってことじゃない」
きっと奏ちゃんがこんな風に言ってくるのは当たり前だけど、
「なんでもないったら、ないの!」
私はとにかく誰にも話したくなくてそうやって叫ぶと、奏ちゃんのことを置いて校舎に走っていった。
逃げるように校舎の中に入っていって、階段を上って教室の前に着くと
(あ………………)
足が、止まっちゃった。
走ったからじゃなくて、体が熱くなっていくの。
だってそこには
「おはよう、撫子さん」
聖ちゃんが待っていた、から。