最近撫子のことを考えることが多い。
きっかけは考えるまでもなく、静夏に振られたことのせいだ。
あのせいで撫子のことを考えるようになった。気にするようになった。
撫子のこと、お人よしだって思う。
静夏のキスを覗いてから、初めて話してすぐに思った。
人が良くて、ぼやっとしてて他人の痛みをまるで自分のことみたいに感じる人間。
そんなのはお話の中だけの存在かと思ってたけど、撫子は本当にそういうお人よしだった。
けど、それだけでもない。
撫子は自分を持っている。
基本的に臆病なくせにそれだけじゃなくて、自分がこうだと思ったことを突き進む力がある。自分が嫌われてでも、人のために何かをできる。
静夏の時にはそれが撫子なんだって思い知らされた。
最初は本当に告白するつもりなんてなかった。そんな勇気でなかった。
心の中ではそうしたいと思ってた私の背中を撫子が押してくれて、私は後悔しない選択をできた。
選んでない選択の結果なんてわかりようもないけど、でも後悔をしてないからこっちがよかったんだって思える。
それは、撫子のおかげ。
あの後、撫子に泣かされた理由。
今でもあれはよくわからない。安心したのか、撫子に優しさに触れたのが嬉しかったのか、ひどいって思ってた自分を肯定されたのがよかったのか。
よくわからないけれど、あれが決定的。
多分、泣かされなくても撫子のこと気にするようにはなっていたって思うけど、あれがあったからこそこんなにも撫子を想う。
それがいいことなのか私にはわからないけど、今はよかったと思う。
だから、今度は私の番だ。
どうも撫子はまた何かやっかいなことに巻き込まれてるらしい。
この前明らかに様子がおかしかった。
私の時と同じで、余計なことに首を突っ込んでるのかもしれない。はたまた巻き込まれただけなのかもしれない。
なんにせよ、撫子はそこから逃げたりは多分しない。
なら今度は私が助けてあげよう。
あのお人よしを、今度は私が支えてあげる。
それが少しでも恩返しのなるのなら。
なんて、私は撫子の身に起ころうとしていることを軽く考えていた。
「………ん、ぅ」
聖はベッドの上で目をさます。
「……………」
上半身を起こし、部屋を見回した聖はベッドの背に寄りかかった。
部屋はまだ暗く夜明け前であることはカーテンを開けずにわかる。
(……やな夢を見たみたいね)
心の中でつぶやくが、その内容を覚えているわけではない。
それでもわかるのは
「………」
聖は無言で目をぬぐった。
そこには、一滴の涙がついてくる。
「………はぁ……はは」
軽くため息をついてから聖はそんな自分を嗤う。
「………いつまで引きずってるんだか」
それから心の底からそれを思い声を出す。
「っ……」
その瞬間に涙が溢れてくる。
もう幾度となく同じ涙を流してきたというのに、涙の泉は尽きることを知らずにほんの少しのきっかけから溢れだす。
しかし、それを誰も知ることはない。
撫子はもちろん、今まで関係を持ったすべての相手、その原因となった人も。
誰も聖がこうして泣いていることを知らない。
これまでも、おそらくこれからも誰も知ることはない。
少なくとも聖自身はそう思っている。
「ふふ………」
これ以上ないほどに心を落ち込ませた聖はまた急に笑い出した。
撫子を思って。
無垢で、無邪気な笑顔。
天使のように眩しく、それ故に聖を傷つける。
無邪気なら、悪気がないなら許されるという話じゃない。
そんなつもりがあろうとなかろうと、聖にとって過去を探られるというのは耐え難い苦痛だった。
さらには
「……好きが何か?」
聖は沈めていた気持ちをさらに心の奥に押し込み、邪悪な笑みを浮かべる。
「……教えてあげる。教えてあげるわよ。撫子さん」
上ずった声で決して人前では出さない気持ちを吐露し
「ふふ、……ふふ、ふふふふ」
再び撫子の天使のような笑顔を思い浮かべては
「あは、あはははは」
それがむちゃくちゃになる瞬間を思い浮かべて狂気的に笑った。
溢れる涙を抑えることもできずに。